12日、世界陸上競技選手権モスクワ大会3日目が行われ、男子棒高跳び決勝はラファエル・ホルツデッペ(ドイツ)が5メートル89を記録し、優勝した。日本勢で唯一決勝に残っていた山本聖途(中京大)は5メートル75で日本人として同種目過去最高の6位入賞を果たした。男子ハンマー投げは1投目に81メートル97の今シーズン世界最高をマークしたパウエル・ファデク(ポーランド)が初優勝。連覇の懸かっていた室伏広治(ミズノ)は78メートル03で6位だった。男子400メートル準決勝に出場した金丸祐三(大塚製薬)は決勝に進めなかった。同400メートルハードルは、岸本鷹幸(富士通)が49秒96で2組3位に入り、予選を突破した。岸本は前回大邱大会に続く2大会連続の準決勝進出。一方で、笛木靖宏(チームアイマ)、安部孝駿(中京大)は予選落ちした。女子は久保倉里美(新潟アルビレックスAC)が56秒33で予選1組4位。全体17番目のタイムで、大邱大会に続く予選通過はならなかった。その他の種目では、男子110メートルハードルでデービッド・オリバー(米国)が初優勝。女子100メートルは、ロンドン五輪金メダリストのシェリーアン・フレイザー・プライス(ジャマイカ)が制した。同400メートルはクリスティン・オールグー(英国)が6年ぶりの金メダル。女子砲丸投げはヴァレリー・アダムス(ニュージーランド)が世界選手権4連覇を達成した。
 安定感が増した若きボールター

「(日本の皆さんの)声援が僕の背中を押してくれた。すごく落ち着いて、試合を楽しむことができた」。男子棒高跳びの山本は、初の世界選手権をこう振り返った。21歳のボールター(棒高跳び選手)は、モスクワの空を思う存分に舞い、2005年ヘルシンキ大会の澤野大地以来の入賞を果たした。

 山本は1回目、5メートル50を一発でクリアした。つづく5メートル65は3回目の跳躍で成功。バーの高さは自己ベストに並ぶ5メートル75に上がった。1回目を失敗し、2回目はバーを越える際に腹部付近がかすり、クリアならなかった。

 そして、3回目。ここで失敗すれば、ロンドン五輪に次ぐ自身2度目の大舞台は、幕を閉じる。ロンドンでは予選で記録なしの屈辱を味わった。初の国際大会、右も左もわからず力を発揮できなかった。だが、今年は違う。5メートル70台を4度クリアするなど安定感は抜群。6月に日本選手権を連覇し、7月にはユニバーシアードで銀メダルを獲得した。国内外の大きな舞台でも結果を残したことで、自信は確かなものとなっていった。

 この日、7回目の跳躍はバーを越えようとした際、胸がわずかに触れた。マットに着地した山本は、空を見上げる。バーが落ちてこないことを確信すると、両手を挙げてガッツポーズ。6月の日本学生個人選手権でクリアしている高さとはいえ、大舞台で跳躍したことに意味がある。ロンドンから1年を経て、成長した姿を見せたかたちとなった。

 山本が次にチャレンジしたのは、澤野が持つ日本記録にあと1センチと迫る5メートル82。しかし、3回の試技で跳ぶことはできなかった。計10回の跳躍を終え、記録は5メートル75。世界選手権6位入賞は、男子棒高跳びの日本人過去最高で、8年前の澤野の8位を上回るものだ。昨年から頭角を現しはじめた新鋭は、着実に成長の一途を辿っている。終始、落ち着いた表情で跳躍に挑む姿は頼もしさすら覚えた。3年後のリオデジャネイロ五輪へ向け、弾みがついたはずだ。今や押しも押されもせぬ男子棒高跳びの若きエース。山本の次なるステップは、まず日本記録を跳び越えることだ。

 一方、ロンドン五輪金メダリストのレナード・ラビレニ(フランス)は、またしても世界選手権の王者になれなかった。これまでベルリン、大邱では銅メダル。今シーズンは世界ランク1位の記録を引っさげて、王座を狙ったが、ドイツのホルツデッペにさらわれた。記録は5メートル89で並んでいたが、試技数の差で金メダルを逃した。

 38歳の挑戦、メダル届かず

 今大会、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ室伏。前回の大邱で大会史上最年長で優勝した鉄人は38歳になっていた。
 6月の日本選手権で前人未到の19連覇を成し遂げた。だが76メートル42の記録は今大会出場30人中23番目であり、昨シーズンの自己ベストに2メートル以上及ばない。05年、09年の五輪翌年の世界選手権はケガや調整不足などの理由で欠場した。前大会王者としてワイルドカードという出場権を持ちながら、今大会の出場を明言してこなかったのには、万全ではないコンディションにあったのだろう。

 それでも百戦錬磨の手練である。室伏は1投目で78メートル03の投てきを見せた。今シーズンの自己ベストをマークし、決勝進出者10人が1投目を終えた時点で3位に入った。きっちり表彰台を狙える位置につけるあたりは流石と言う他ない。

 しかし、その後は記録が伸びない。2投目以降は75メートル38、77メートル13、77メートル63、77メートル92。今シーズン初戦の日本選手権と比べればアベレージは2メートル以上伸びているが、順位は3人に抜かれ、メダル圏外の6位に落ちていた。

 最終6投目、日本人初の世界選手権連覇に向けてのラストチャンスだった。ハンマーを右、左と揺らしながら自身が回転する遠心力で、モスクワの空へと解き放った。だが、投げ終えてすぐに室伏は首をかしげた。記録は76メートル03。連覇どころか表彰台にも上れなかった。室伏の表情からして、今大会は総じて納得のできる投てきがなかったのではないだろうか。世界選手権5度目の入賞。五輪も合わせれば世界大会8度目の入賞にも笑顔はなかった。

「できるかぎり体力の限界に挑戦する」と語っていた室伏は、半年ごとに目標を設定して戦っている。38歳の今もなお第一線で競技を続けているという事実が、“鉄人”と呼ばれる所以だろう。ただ、ひとりの選手がナショナル大会で20年近く勝ち続けている現状は、異常ともいえる。その間、“ポスト室伏”やライバルの名が聞こえてこないのは、競技として寂しいばかりだ。彼の独壇場を止めるような選手を育成することが、日本陸上界には求められている。室伏本人も20連覇を目指す一方で、こういったことも口にしていた。「(自分を)抜く人、止める人が出てくればいい」。孤高の第一人者も切磋琢磨できる存在を欲しているのだろう。

 主な結果は次の通り。

<男子400メートル・準決勝>
【1組】
1位 ユセフ・アハマド・マサラヒ(サウジアラビア) 44秒61
8位 金丸祐三(大塚製薬) 46秒28
※金丸は準決勝敗退

<男子110メートルハードル・決勝>
1位 デービッド・オリバー(米国) 13秒00
2位 ライアン・ウィルソン(米国) 13秒13
3位 セルゲイ・シュベンコフ(ロシア) 13秒24

<男子400メートルハードル・予選>
【2組】
1位 オマール・シスネロス(キューバ) 49秒87
3位 岸本鷹幸(富士通) 49秒96
【4組】
1位 ママドゥ・カッセ・ハンネ(セネガル) 49秒33
5位 笛木靖宏(チームアイマ) 50秒66
【5組】
1位 ジェヒュー・ゴードン(トリニダード・トバゴ) 49秒52
6位 安部孝駿(中京大) 51秒41
※岸本は準決勝進出。笛木、安部は予選敗退

<男子棒高跳び・決勝>
1位 ラファエル・ホルツデッペ(ドイツ) 5メートル89 ※試技数による
2位 レナード・ラビレニ(フランス) 5メートル89
3位 ビョーン・オットー(ドイツ) 5メートル82
6位 山本聖途(中京大) 5メートル75
澤野大地(富士通)、萩田大樹(ミズノ)は予選敗退

<男子ハンマー投げ・決勝>
1位 パウエル・ファデク(ポーランド) 81メートル97
2位 クリスチャン・パルシュ(ハンガリー) 80メートル30
3位 ルーカス・メリッヒ(チェコ)79メートル36
6位 室伏広治(ミズノ) 78メートル03

<女子100メートル・決勝>
1位 シェリーアン・フレイザー・プライス(ジャマイカ) 10秒71
2位 ムリーレ・アホーレ(コートジボアール) 10秒93
3位 カーメリタ・ジーター(米国) 10秒94

<女子400メートル・決勝>
1位 クリスティン・オールグー(英国) 49秒41 ※着差
2位 アマントル・モンショー(ボツワナ) 49秒41
3位 アントニーナ・クリボシャプカ(ロシア) 49秒78

<女子400メートルハードル・予選>
【1組】
1位 デニサ・ロソロバ(チェコ) 55秒41
4位 久保倉里美(新潟アルビレックスAC) 56秒33
※久保倉は予選敗退

<女子砲丸投げ・決勝>
1位 ヴァレリー・アダムス(ニュージーランド) 20メートル88
2位 クリスティーナ・シュワニッツ(ドイツ) 20メートル41
3位 ゴン・リャオ(中国) 19メートル95

(杉浦泰介)