16日、世界陸上競技選手権モスクワ大会7日目が行われ、男子200メートル準決勝は3連覇のかかるウサイン・ボルト(ジャマイカ)が20秒12で2組トップ通過。明日の決勝へとコマを進めた。一方、ボルトと同組で走った飯塚翔太(中央大)は20秒61の7位でファイナリストの8人に残れなかった。その他の日本勢、高瀬慧(富士通)と小林雄一(NTN)は予選落ち。女子やり投げは、海老原有希(スズキ浜松AC)が59メートル80で全体16位に終わり、2大会連続の決勝進出はならなかった。同100メートルハードルは柴村仁美(佐賀陸協)は13秒72で予選敗退となった。女子200メートルは、同100メートルを制したシェリーアン・フレイザー・プライス(ジャマイカ)が優勝。22年ぶり史上3人目の女子短距離2冠を勝ち取った。一方、世界選手権史上最多の9個目の金メダルを狙ったアリソン・フェリックス(米国)は転倒し、途中棄権となった。同ハンマー投げは、タチアナ・リセンコ(ロシア)が78メートル80の大会新で、男子砲丸投げはデビット・シュトール(ドイツ)が連覇した。男子5000メートルはモハメド・ファラー(英国)が1万メートルとの長距離2冠。男子1600メートルリレーは、米国代表が5連覇を達成した。
 野望は持ち越し

 大会前、日本では男子100メートルばかりに注目が集まっていたが、実は200メートルにも負けず劣らずの逸材がいる。中央大学4年の飯塚翔太。ロンドン五輪にも出場した日本のトップスプリンターである。200メートルは、2003年のパリ大会で末続慎吾が銅メダルを獲得している種目。飯塚自身も10年に世界ジュニア(20歳未満)選手権を制した。今シーズンは5月に20秒32の日本歴代3位の記録をマークしている。100よりも、200の方が勝負できる。そういった声も少なくはなかった。

「この舞台はアピールするチャンス。世界にアピールしていきたい」。そう意気込んでいた飯塚。午前の予選は20秒71で6組3着に入り、順位での自動通過を果たした。「予選で勝負しに来てないんで」。本人は、初の世界選手権で準決勝に進出したにも関わらず堂々と言い切った。浮かれる様子が全くないのが、頼もしい限りだった。

「何か得るものがある。体で感じたい」。飯塚は大会前、ボルトの対戦する可能性について聞かれ、こう答えていた。そして、世界最速のスピードを体感する機会は実現した。

 2人は同じく組で走ることになった。飯塚は1レーン、ボルトは4レーン。ただ1レーンは、内側にあり全8レーン中、もっともカーブがきつい。一番加速がしにくく、不利とされるレーンだった。決して実力上位とは言えない飯塚にとって、いささか厳しい条件である。だが、予選のタイムと順位が反映されての配置。それを言い訳にはできない。

 各選手やや慎重に見えたスタート。リアクションタイムの最速は0秒133だった。スタートを苦手とするボルトは、徐々にスピードを上げ先頭に立つ。それに食らいついていったのは、アナソ・ジョボドワナ(南アフリカ)だ。7月のユニバーシアードで100メートルと200メートルの2冠を達成し、勢いに乗るアフリカの新星だ。

 一方、飯塚は加速が伸びない。カーブを曲がり終え、あとは直線を残すのみとなって、飯塚は最下位を争っていた。先頭の背中は残酷なほど遠い。ボルトはジョボドワナと競るようにして、20秒1着でゴールイン。0秒01差でジョボドワナは2着に入った。飯塚は20秒61で7着に終わり、銅メダルを獲得したユニバーシアードにつづき、ジョボドワナに先着を許すかたちとなった。

“最速の高校生”桐生祥秀(洛南高)の台頭により、日本男子短距離界は盛り上がっている。山縣亮太(慶應義塾大)とのライバル関係がそれに拍車をかけ、200メートルを主戦にする飯塚も2人への対抗意識を隠さない。100メートルの9秒台以上に価値があるとされる200メートルの19秒台への到達を狙っていた。「100メートルの9秒台はカッコいい。僕も出したい。まず9秒台を待ってもらって、僕が先に19秒台を出したい」。しかし、19秒台のタイムはおろか、ファイナリストに残ることすらできなかった。最後の直線で目前に広がった世界最速の風景は、飯塚にとっていかばかりだったか。

「入賞、メダルを獲って認められる」という野望は、個人種目では叶わなかった。400メートルリレーでは、2走を予定していた山縣が故障で離脱した。厳しい状況には違いないが、アンカーを務める飯塚の役割はゴールに向かって、一心に駆け抜けるのみだ。

 果たせなかったロンドンのリベンジ

「祈って待つようじゃダメですけど、祈って待ちたい」。女子やり投げの海老原は、予選を終えてAグループの7位だった。上位12人までが最終日に行われる決勝へ進出できる。しかし、海老原の祈りは届かなかった。Bグループの8番目の投てき者のリナ・ミューゼ(ラトビア)の2投目が、60メートル29を記録した時点で13位以下が決定。前回の大邱大会に続く決勝進出の望みは完全に断たれた。

「悔しさしか残っていない」という2年前の大邱では、日本人初の決勝進出を果たした一方で、9位と入賞までわずかに19センチ足りなかった。翌年のロンドン五輪では予選落ち。「ずっと期待されて結果を残してこれなかった。絶対に入賞したい」。海老原は、大会前にはそう意気込んでいた。

 1投目は、58メートル39。投てきの際に体が開いていて、やりは右に流れてしまった。2投目は、その部分を修正し、やりは真っすぐ飛んだ。だが、飛距離はそれほど伸びず、59メートル31。決勝進出への目安となる60メートルにも届かない。予選最後の投てきは、力強い助走からスローイング。しかし、海老原は首をかしげ、顔をしかめた。それが全てを物語っている。記録は59メートル80――。「最低でも60メートルを超えたかったので、3本とも惜しい投げだった」と、不完全燃焼に終わった。

 祈って待ったBグループの結果は、9人の投てきが海老原を越えていった。全体で16位。奇しくも予選落ちに終わったロンドン五輪と同じ順位だった。昨夏も越えられなかった世界大会での60メートルという壁。それを越えられなかったことがすべてだった。今シーズンは3戦すべてで60メートル越えをマークしていた。4月の織田幹雄国際記念陸上競技大会では、自らの日本記録を更新する62メートル83を叩き出した。「(60メートルは)難しさを感じない。そこから先を出し切れない」。視線の先は、60メートルより前にあるはずだった。

 だが、今回のモスクワで60メートルを投げられなかった海老原。その一方で、60メートルを投げた他国の選手は14人もいた。60という数字は世界において、スタンダードな記録に過ぎなくなってきているのかもしれない。日本記録を出した4月には「今年は65メートル。もっともっと投げたい」と意欲を燃やしていた。しかし、それ以降は記録が伸びなかった。6月には、こう漏らしていた。「迷っているわけではないが、どこか噛みあわない」

 その思いはモスクワでの投てきで吹き飛ばすことはできなかった。同じ所属クラブの村上幸史(スズキ浜松AC)も昨日に予選落ち。男女やり投げの大黒柱は、いずれもロンドンのリベンジを果たせぬまま、モスクワを後にする。

 主な結果は次の通り。

<男子200メートル・予選>
【3組】
1位 ウォーレン・ウィアー(ジャマイカ) 20秒34
5位 高瀬慧(富士通) 20秒96
【6組】
1位 アダム・ゲミリ(英国) 20秒17
3位 飯塚翔太(中央大) 20秒71
【7組】
1位 ウサイン・ボルト(ジャマイカ) 20秒66
4位 小林雄一(NTN) 20秒97
※飯塚は準決勝進出。高瀬、小林は予選敗退。

<男子200メートル・準決勝>
【2組】
1位 ウサイン・ボルト(ジャマイカ) 20秒12
7位 飯塚翔太(中央大) 20秒61
※飯塚は準決勝敗退

<男子5000メートル・決勝>
1位 モハメド・ファラー(英国) 13分26秒98
2位 ハゴス・ゲブルヒウェト(エチオピア) 13分27秒26 ※着差による
3位 イシアー・コエチ(ケニア) 13分27秒26
佐藤悠基(日清食品グループ)は予選敗退

<男子1600メートルリレー・決勝>
1位 米国 2分58秒71
2位 ジャマイカ 2分59秒88
3位 ロシア 2分59秒90
日本(山崎、金丸、廣瀬、中野)は予選敗退

<女子100メートルハードル・予選>
【1組】
1位 アンジェラ・ホワイト(カナダ) 12秒93
7位 柴村仁美(佐賀陸協) 13秒72
※柴村は予選敗退

<女子200メートル・決勝>
1位 シェリーアン・フレイザー・プライス(ジャマイカ) 22秒17
2位 ムリエレ・アホウレ(コートジボワール) 22秒32 ※着差による
3位 ブレッシング・オカグバレ(ナイジェリア) 22秒32
福島千里(北海道ハイテクAC)は予選敗退

<女子やり投げ・予選>
1位 マリア・アバクモバ(ロシア) 69メートル09
16位 海老原有希(スズキ浜松AC) 59メートル80
※海老原は予選敗退

<女子ハンマー投げ・決勝>
1位 タチアナ・リセンコ(ロシア) 78メートル80 ※大会新
2位 アニータ・ヴォダルチク(ポーランド) 78メートル46
3位 張文秀(中国) 75メートル58

(杉浦泰介)