今年2月、女子アイスホッケーの日本代表が日本勢として最初にソチ五輪出場権を獲得した。初めて正式種目に採用された長野五輪以来、実に16年ぶりの大舞台。自力での出場権獲得は、史上初の快挙だった。彼女たちのトレードマークは、「スマイルジャパン」という愛称の由来でもある“笑顔”だ。だが、世界は甘くはない。今月、横浜で行なわれた5カ国対抗戦「スマイルジャパン ブリヂストン ブリザックチャレンジ」で、スマイルジャパンは早くも笑顔を失いつつあった――。
(写真:「メダルを獲るためにできることは、まだまだある」という大澤キャプテン)
 ソチ五輪の前哨戦として行なわれた同大会には、日本(世界ランキング10位)の他にチェコ(同9位)、スロバキア(同8位)、スイス(同5位)、ドイツ(同7位)が出場した。どの国も日本にとっては格上ばかり。ソチ五輪で同組となるのはドイツ、ロシア(同4位)、スウェーデン(同6位)。今大会同様に日本より、ランキングが下回る相手はいない。4連戦という五輪以上にタイトな日程ではあったが、スマイルジャパンの現在地を測る上では、絶好の機会だった。

 スキを突かれた“仮想ロシア”戦

 初戦の相手、チェコは個人技に長けたチームだ。同じタイプでは、五輪同組のロシアがそうである。日本の課題の1対1がどこまで通用するかがポイントだった。

 幸先良く先制点を奪ったのは、日本だった。第1ピリオド5分11秒、相手選手の一時退場による1人多いパワープレー(PP)の状況で、右サイドでパックを持ったDF床亜矢可(SEIBUプリンセスラビッツ)は、ゴール前でフリーになったFW大澤ちほ(三星ダイトーペリグリン)を見逃さなかった。ゴールから少し離れて、マークを剥がした大澤は、床からのパスを「ラインが空いていたので、迷わず打ちました」と、ダイレクトでゴールネットに叩き込んだ。

 さらに11分22秒には、2点目を加えた。このまま日本のペースで試合は進むかに思われたが、終了間際に失点を喫してしまう。17分25秒、床がマイナーペナルティ(一時退場)で数的不利となるキルプレー(PK)となっていた。あと4秒耐えられれば、床はリンクに戻ってこられた。しかし、相手にパックを回され、簡単にゴールを奪われた。ピリオド終了間際という気を付けなければならない時間帯。試合の流れを掌握し切れない甘さが、そこに表れた。

 すると第2ピリオドに入り、両チーム1点ずつ取り合って最終ピリオドを迎えた。しかし、第3ピリオド2分55秒に失点し、再び追いつかれた。3分後にFW山根朋恵(Daishin)、のゴールで再度勝ち越したが、「畳み掛けるほどの得点力はなかった」と、日本の飯塚祐司監督は唇を噛んだ。その後は、個人技の高いチェコに攻め立てられ、守備陣を崩された。11分39秒、13分31秒と、たて続けにゴールを奪われ、この試合初めてのリードを許した。残り7分半、得点を奪えず、そのまま4対5で敗れた。
(写真:険しい表情で試合を見つめる飯塚監督)

 仮想ロシアという位置付けだったチェコ戦は、「勝たなくてはならない試合で負けてしまった」という飯塚監督の言葉に尽きる。指揮官は「大きなミスはなかったが、最後まで質の高いプレーができなかった」と肩を落とした。大きくクリアすべきところで、無理につなごうとしてパックを奪われるなどミスが目立った。失点につながる決定的な過失はなかったが、状況判断という点でゲームマネジメントの稚拙さを覗かせた。キャプテンの大澤は、さらに精神面の問題を指摘した。「FWもDFも1対1でハードに戦えなかった。パワーで劣っていたわけではなく、気持ちが甘かった」。世界の強豪は、小さなスキも見逃さない。本番前にそれを身を持って体感できたことを吉ととらえるべきだろう。


 大勝の兆しは試合前の声

 翌日のスロバキア戦は、大量6ゴールを奪って快勝した。「立ち上がりからスピードを生かしたホッケーをし、60分間、我々のペースでできた」と、飯塚監督は選手たちに合格点を与える内容だった。

 序盤から主導権を握ったのは、先制点を奪った日本だった。第1ピリオドの5分7秒、DF堀珠花(トヨタシグナス)のシュートを相手GKが弾いたところ、ゴール前で詰めていたのはFW米山知奈(三星ダイトーペリグリン)。GKの視界を遮るためスクリーンに入っていた米山は「振り返ったらいいところに(パックが)出た」という絶好機を着実にいかした。

 14分25秒に1点を加えた日本。ピリオド終盤、PKにより、1人少ない状況に陥ったが、相手の反撃を許さなかった。第1ピリオドは、このまま2対0で終え、前日の失敗を繰り返さなかった。第2ピリオドに入ると、山根、米山、床のゴールで5点のリードを奪い、第3ピリオドにも1点を加え、6対0の圧勝でスロバキアを下した。
(写真:豊富な運動量で何度もスロバキアゴールに迫った米山)

 しかし、前日の鬱憤を晴らすような圧勝にも、スマイルジャパンの選手たちに笑顔はなかった。キャプテンの大澤が「内容はまだまだ満足できない」と語れば、2得点でゲームベストプレーヤーに選ばれた米山も「もっとプレスをしつこくできたはず」と頬を緩めなかった。FW足立友里恵(SEIBUプリンセスラビッツ)と床は「日本はもっといいプレーができる」と口を揃えて言った。

 変化の兆しは試合前から表れていた。キャプテンの大澤は「“強い気持ちで戦っていこう”と入った」と、前日の反省を踏まえて試合に臨んだという。この試合はアップからスマイルジャパンの元気な声がリンクに響いていた。スマイルジャパンのメンタルコーチである山家正尚からは、選手全員に「日本がいい試合をしている時はアップから声が出ている。意識して声を出してください」というメールが届いていたのだ。強い気持ちを出すために、意識的に試合前から声を出すというメンタルコントロールが好結果を生んだひとつの要因だろう。山家から見ても「マインドリセットはできていました」と嫌な負けた方をしたチェコ戦を引きずらなかった。

 トップ5相手に掴んだ手応え

 3戦目の相手スイスは、今大会最上位の世界ランキングを誇る強豪で、大会初日にはドイツを延長戦で退けている。日本は4年前の世界選手権で2対3と敗れており、公式戦では1度しか勝利していない。「(選手たちには)スイスにいいイメージがなかったと思う」と飯塚監督。上位グループに属するスイスは、五輪の予選リーグでは当たらなくても、勝ち進めば十分に対戦する可能性はある。ソチ五輪の前に苦手意識を払拭すべきだった。

 前日の大会初勝利で波に乗る日本は、この日も先制点を奪った。8分35秒、中央後方でパックを受けたDF青木香奈枝(三星ダイトーペリグリン)がミドルレンジからゴールを狙う。そのままいけば、枠を外れそうな軌道だったがスクリーンに入っていた平野がスティックでパックの軌道を変え、ゴールへ流し込んだ。日本はその後もチャンスを作るものの、追加点を奪えなかった。相手守護神フローレンス・シェリングは12年の世界選手権のベストGK。その実力をいかんなく発揮し、日本の前に立ち塞がったのだ。

 第2ピリオドに入ると「相手に合わせてしまった」と勢いは小康した。第1ピリオドは14対4と圧倒した枠内シュート数でも10対7とほぼ互角に近いものだった。日本は3連戦ということもあり、運動量が落ちることは予想できた。ただ飯塚監督としては「(FWのセットを)4つのサイクルでやっている割には落ちが早かった」と不満を表した。終了後のインターバルで、その点を叱責したという。

 その甲斐あってか、最終ピリオドは相手を圧倒した。しかし追加点は奪えない。閉塞感を打開したのはエースのFW久保英恵(SEIBUプリンセスラビッツ)だった。9分過ぎに、素早いプレスで相手を追い込み、敵陣深い位置でパックを奪うと、左サイドから中へ切れ込んだ。「前が空いたので、とりあえずゴールに向かって打った」というシュートは見事にゴールに突き刺さり、貴重な追加点が生まれた。この試合、それまでに2度のマイナーペナルティを受けていた久保。「反省というか、結果を残さなくてはいけないと思った」と意地を見せた。
(写真:プレッシングホッケーでスイス攻撃陣を追い込んだスマイルジャパン)

 2対0とリードした日本。守っては、守備陣が7日のドイツ戦でハットトリックをしたFWフェーベ・シュテンツに枠内シュート1本と仕事をさせなかった。個々の能力が高いスイスを12本に抑え、2試合連続の完封勝利をあげた。この日の日本は、素早いプレスが効き、選手たちもハードワークをしていた。いい内容のホッケーが結果にも表れ、「“自分たちがやってきたホッケーがトップ5に通用することができた”と選手たちの自信につながると思います」と指揮官も手応えを口にした。

 少ない“笑顔”が自信の表れ

 最終戦は五輪本番でも対決することが決まっているドイツ。飯塚監督は試合前にはドイツの印象をこう語っていた。「システムがしっかりしていて、なかなか得点チャンスを作ることができない。手堅いホッケーをしてくるので、先制されると、勝つことが難しいチームです。ミスの少ないゲーム展開に持って行かないといけない」

 しかし、4連戦目となったこの試合は、スマイルジャパンの武器であるプレッシングホッケーの出足が鈍かった。第1ピリオド15分32秒には、手堅いドイツに許してはいけない先制点を与えてしまう。第2ピリオドに入っても、リズムをつかめない。開始早々と終了間際に得点を奪われる。どちらのゴールもパックにばかり気を取られ、ゴール前にいる選手をフリーにしてしまっていた。そういったスキを逃さないドイツの強かさに屈したかたちとなった。

 第3ピリオドに入って、攻勢を仕掛けたが、なかなか得点は生まれなかった。試合終了まで残り2分を切った場面で、飯塚監督は動いた。GKをベンチに下げ、FWを投入する“6人攻撃”を敢行したのだ。その作戦が奏功したのは19分10秒だった。右サイドの床から久保につなぐ。久保はニアサイドにいる米山に当てると、米山はダイレクトでファーサイドへ展開した。そこにフリーで待ち受けていたのは、大澤。キャプテンは冷静にゴール左に叩き込んだ。最後にスマイルジャパンは一矢を報いたが、結果はドイツに1対3で敗れた。
(写真:リスクも高い“6人攻撃”で見事にゴールを奪った)

「思った通りドイツは強かった。簡単には勝たせてもらえないチーム」と飯塚監督は試合を振り返った。ドイツの手堅いホッケーを崩すことはできず、逆に守備の綻びを突かれた。枠内シュート数は21対23。チャンスの数もそれほどの差はない。ただ着実に得点につなげたドイツとの差が、勝敗を分けた。

 世界ランキング上位の格上相手に2勝2敗の五分。まずまずの結果を残した。指揮官は「得点力での成長が見られた」と、無得点試合がなかったことを収穫に挙げた。他国と比べパワーで劣るスマイルジャパンのシュート力。そのためスクリーンでGKの視野を妨げ、リバウンドを狙うなどの戦術を徹底した。それがうまくハマったことは選手たちも自信になったはずだ。「スピードを生かしたアグレッシブな部分は通用すると感じた」と、キャプテンの大澤も大会を通じて手応えを掴んだ一方で「もっと色んな得点パターンを作っていかないと、得点につながらない」と、まだまだ向上する必要があると気を引き締めた。

 今大会、世界の強豪に勝利しても、スマイルジャパンはあまり笑わなかった。“まだまだ自分たちはやれる”という思いがあったのだろう。課題であった1対1については、飯塚監督は成長を認めつつも、まだまだ強化の必要があると言う。本番までは、多くの時間は残されていない。この期間でどれだけ上積みができるかに懸かっている。目標に掲げる「メダル獲得」は決して容易い道ではない。

 来月上旬には最終メンバーが発表され、今大会の24名から20名に絞られる。その後、12月と1月に国内合宿を行い、海外遠征をしてからソチ入りする予定だ。果たして、スマイルジャパンは笑顔の花を満開にすることができるのか。泣いても笑っても、あと2カ月半。ソチの氷上で全ての答えは出る。

(第5回は12月2日更新します)

(文・写真/杉浦泰介)