これは英断なのか、それとも愚挙なのか。
 昨年末、低迷しているバレンシア(スペインリーグ1部)のオランダ人監督ロナルド・クーマンが、中心選手のMFダビド・アルベルダ、FWミゲル・アングーロ、GKサンティアゴ・カニサレスに対し、戦力外通告を行った。

 新旧スペイン代表の3人は長年チームに在籍し、02年のリーグ優勝、04年のリーグ、UEFAカップの2冠に大きく貢献した。
 特に生え抜きのアルベルダ、アングーロはサポーターから多くの支持を集める存在。そんな人気選手のクビを、昨年11月に就任したばかりのオランダ人監督が切ったのだから、事態は穏やかではない。

 クーマンと言えば、オールドファンには忘れられない存在だ。リベロながら“牛をも殺す”と言われる強力なシュート力の持ち主で、相手チームから恐れられた。
 ついでながら顔も怖い。あの顔でにらまれたら、誰だってびびるだろう。

 クーマンは指揮官としても実績を残してきた。
 ポルトガルのベンフィカを率いて臨んだ05-06欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント1回戦で王者リヴァプール(イングランド)を破ると、06-07シーズンにはオランダのPSVアイントホーヘンを監督就任1年目でリーグ優勝へと導いた。
 その手腕が評価され、07年には、不振にあえぐバレンシアの立て直しを任された。

 しかし、新しい仕事は容易ではなかった。初采配の欧州CL予選リーグ第4節・ローゼンボリ戦(07年11月6日)ではホームでありながら0−2で敗れた。結局、グループ最下位に終わり、UEFAカップ出場権まで逃した。

 国内リーグでは11月10日のレアル・ムルシア戦を最後に白星から見放され、12月15日のバルセロナ戦では0−3の完敗。この時点でクーマンは今回の大粛清を決断したようだ。

「3人はもう若くない。やる気とハングリーさを持った選手を使うためにチームは変わらなければならない。若手を登用して事態の打開を図りたい。つらい決断だが、チームを強化するためにはやむをえない」

 もちろん、いきなりクビを宣告された選手たちが黙っているはずはない。
「僕の10年間のクラブ生活がこんな形で終わるとは思えなかった。なぜ自分が必要とされなくなったのかわからない。誰からも説明がないんだよ。最近は故障で試合に出ていない。プレーが理由とは考えられない」(アングーロ)
「(戦力外通告について)クラブ側からは何の説明もなかったよ。監督からは“キミのリーダーシップには信頼が置けない”と言われた。私は“就任して1ヵ月も経たないうちに私のことが理解できるわけがない”と返したよ」(アルベルダ)
 
 チームは今回の大粛清で揺れに揺れている。
 ポルトガル人DFマルコ・カネイラのように「(大粛清は)サッカーの世界において新監督が就任したチームではよくあること。(話が大きくなったのは)仲間が記者会見を行ったからだろう」とクールに構える者がいる一方で、スペイン人DFイバン・エルゲラのように「(3人が構想外になったのは)非常に辛いことだ。彼らと毎日顔を合わせるので、自分に関係がないこととは思えない」と選手側に立つ者もいる。

 また、指揮官との不仲が噂されるエースのスペイン代表FWダビド・ビジャには移籍話が浮上。英紙はイングランドのチェルシーやトットナムが第一候補と報じている。

 今回の粛清騒動、法廷闘争に発展する可能性もある。
 監督が戦力外を通告したにもかかわらず、クラブ側は放出を拒否。これにより3人の選手たちは飼い殺しの状態に置かれてしまったのだ。

 自由契約にならなければ移籍金が発生してしまうため、移籍に支障が生じてしまう。これは容認できないとアルベルダは契約解除を求めて法的手段に訴える意向を早々と示した。

 事態はいよいよ混迷の度を深めている。しかし、クーマンはどこまでも強気だ。
「ビッグクラブの監督ならば強い意志を示さなければならない。(決断が)必要な時はどんなことがあろうが実行する。一部の人間は私を恨んでいるかもしれない。一方でわかってくれている人々もいる。変革が間違っていたかどうかは時が経てばわかる」
 暴君か改革者か――クーマンの真価も問われている。

(この原稿は『週刊漫画ゴラク』08年2月1日号に掲載されました)


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