今年もマドンナたちの熱い季節がやってきた。
 高校、大学、社会人の女子硬式野球チームが一同に集まり、日本一を決定する「全日本女子硬式野球選手権大会」が8月3日から5日間、愛媛県松山市のマドンナスタジアム、坊っちゃんスタジアムを会場に行われた。9回目を迎えた今回は史上最多となる36チームが全国から参加。熱戦を繰り広げた。

 この大会は第2回から毎夏、松山で開かれている。最初は2006年、松山市が小説「坊っちゃん」発表100年記念事業のひとつとして、「2006ベースボールフェスティバルin松山」を実施し、その一環で開催された。松山市にはプロ野球も開催される坊っちゃんスタジアムの隣に、マドンナスタジアムというサブグラウンドがある。女性の名前を冠した球場は全国的にも例がなく、「マドンナスタジアムを女子野球の聖地に」との思いも大会招致につながった。松山開催にあたり、地元企業として、伊予銀行が大会をスポンサード。以降、「伊予銀行杯」として実施され、「女子野球の夏は松山」というイメージがすっかり定着した。

 元西武の上田監督が就任

 そして、大会の松山開催を機に四国初の女子硬式野球チームとして発足したのが「マドンナ松山」だ。第2回大会から毎年出場し、10年には3位入賞も果たしている。3年ぶりの入賞、そして悲願の優勝へ、この春、マドンナ松山は体制を一新した。西武で投手だった上田禎人(新田高出身)が新監督に就任。メンバーも大幅に入れ替わり、ユニホームも赤を基調としたものにつくりかえた。

 全体練習は土日のみ。しかも、どの選手も仕事や学業などがあり、全員が集まることはほとんどない。限られた練習時間の中で、上田監督が教え込んだのが基本だ。
「守備ではグラブの芯で捕る。打撃ではボールを打たない。走塁は全力で走る。おもしろくないかもしれませんが、これを徹底しました。塁間のボール回しにしても、最初は3分の2くらいの距離から確実に投げられるようにしたんです」

 上田のアドバイスを受け、レベルアップしたのがキャプテンに就任した六角麻未である。平日は地元の伊予銀行五十崎支店(内子町)に勤務し、休日は松山市内の友人の家に泊って全体練習に臨む。ソフトボール経験者の六角は長打力が持ち味。ただ、確実性に欠けていた。

「ソフトボール時代のクセで、ポイントを前にしてボールにバットをぶつけるようなバッティングが抜けきれていなかったんです。上田監督から基本をもう一度やり直すように教わり、ポイントを後ろにしてみました。打席での立ち位置も一番キャッチャー寄りにして、ギリギリまでボールをひきつける。これを意識してからボールの見極めもできるようになってきました」
 バットに当たる確率が増した六角は4番を任されるようになった。

 上田監督の本職であるピッチャーも整備された。マドンナ松山のエースは日本代表経験も持つ坂本加奈。しかし、大会で連戦を勝ち抜くにはマウンドを安心して任せられるピッチャーはひとりでも多いほうがいい。指揮官が目をつけたのが新加入の堀越若菜だ。埼玉栄高時代は控えチームのピッチャーで、球速も決して速くない。だが、上田監督は「バッターのヒザ元に投げ、内外の出し入れができれば勝負できる」とピッチングの基本をひとつひとつ噛み砕いて教えていった。

「まじめで一生懸命な子だったんで、飲み込みが早い。理屈を伝えると、しっかり1週間後の練習では理解してできるようになっていました」
 急速に進化を遂げた新人が、今回の伊予銀行杯では大活躍をみせた。予選リーグの2戦目で3イニングながら完封勝ちを収めると、準々決勝では優勝経験もある強豪の尚美学園大(埼玉)相手に好投。先発で4回を1失点に抑え、延長の末に勝利する流れをチームに呼び込んだ。

 打線爆発呼んだ待球作戦

 大会では打線も爆発した。予選リーグでは初戦で9得点、2戦目で11得点。決勝トーナメント1回戦でも7点をあげた。その背景には上田監督の的確なアドバイスがあった。
「打順が一回りするまで、1、2回は“しっかりボールを見極めよう”と話をしたんです。女子野球の場合、対戦相手のデータが少ないので、まずはピッチャーの特徴を把握しないといけない。最初からポンポン打っていたら、それが分からないまま、イニングが進んでしまいます。夏場の大会だから球数を多く投げさせれば、中盤以降、ピッチャーにも失投が増えてくるとの計算もありました」

 この指示が特に効果を発揮したのが、ホーネッツ(北海道)との決勝トーナメント1回戦だ。マドンナ松山は先発の坂本が立ち上がりを突かれ、初回に2失点。この大会で初めてビハインドを背負う。だが、選手たちは監督の言葉を信じ、1、2回は慌てて打ちに行かず、ボールをしっかりと見た。

「相手ピッチャーはカーブが良かったんです。だから打席のキャッチャー寄りに立って、“カーブの曲がり具合をミットに入るところまで見よう”と話しました。目が慣れて軌道がつかめれば何とかなると思っていましたから」
 指揮官の狙いは見事に的中した。3回以降、マドンナ松山は相手ピッチャーをきっちりと攻略。3回に2点をあげて追いつくと、4回には一挙4点をあげて試合をひっくり返した。タイムリー二塁打を放って4番の仕事をした六角は「監督の指示があったので落ち着いてできた」と振り返る。

 逆転勝ちで波に乗ったマドンナたちは、先述したように続く準々決勝では尚美学園大との接戦を制す。相手先発の磯崎由加里は日本代表右腕で、「いろんな球種を持っていて最初は全くバットに当たらなかった」(六角)というが、序盤はボールを見極め、後半勝負に持ち込む。迎えた5回、1−1の同点に追いつくと、タイブレーク制の延長にもつれ込んだ8回には笹原瀬菜のタイムリーでついに勝ち越し。昨年の大会ではコールド負けを喫した強敵を撃破し、ベスト4進出と今大会の3位以上が確定した。

「私たちのチームで代表経験者は坂本だけで、向こうは何人も代表メンバーがいました。胸を借りようと思っていたのが勝てて夢のようでしたね。と同時に、自信にもなりました」
 六角はそう喜びを口にする。準決勝では、この大会を制すことになる履正社RECT(大阪)に1−2で惜敗。初の決勝進出はならなかったものの、マドンナ松山は新体制発足からわずか数カ月で3年ぶりの3位入賞という結果を手にした。

 チーム力向上が課題

「僕も女子を指導するのは初めてで手探りでしたが、個の力では劣ってもチーム力で補えると彼女たちが実感できたのが一番の収穫でしょう。実際、試合を重ねるごとに選手たちの意識が変わっていったのを感じます」
 上田監督は、この成果を次につなげるため、さらにレベルの高い野球を選手たちに伝えていこうと考えている。ただ、投げて守って打つだけではチーム力は高まらない。点差やカウントといった状況に応じたプレーを、ひとりひとりが実践できれば強豪相手でも互角に戦える。初めての指揮で手応えは十分につかんだ。

 今後は西日本のチームが参加する9月の西条ひうちカップを経て、10月には千葉で全日本女子硬式クラブ野球選手権大会に出場する。伊予銀行杯の好成績を一時の勢いに終わらせないよう、この大会でも上位に進出することが目標だ。

「個人的には4番の役割があまり果たせなかったので、クラブ選手権では自分が打って、チームを勝利に導きたい」と六角も一層、個人練習に力を入れる。3位入賞が地元で大きく報じられたこともあって、野球に取り組んでいる女子大学生から入部の問い合わせもあった。上田監督は「現状、愛媛には女子野球のチームがひとつしかない。継続してチームを強くするには人材の確保が不可欠」と、オフにセレクションを実施して部員を増やす意向だ。

 かつて愛媛は「野球王国」と言われていたものの、近年は高校野球でも甲子園で早々に敗退することが増え、県出身のプロ野球選手も目立たなくなってきた。そんな中、マドンナ松山が女子野球から王国復権の足がかりを築くべく、坂の上の雲を追いかける。


◎バックナンバーはこちらから