これまで地道に積み重ねてきた努力が実を結んだ――。9月28日〜10月2日の11日間に渡って行なわれた国民体育大会「スポーツ祭東京2013」で、愛媛県は初めて準決勝に進出。決勝進出には至らなかったが、3位決定戦を制し、上位入賞を果たした。それは個人の力だけではなく、伊予銀行男子テニス部を中心とする“チーム愛媛”で勝ち取った勝利だった。
(写真:愛媛初の3位を獲得した佐野紘一選手)

「今回は、サポート役にまわった選手にも気合いが感じられました。チームとしてひとつにまとまっていた。それが最大の勝因だったと思います」
 秀島達哉監督がそう言えば、代表のひとりとしてプレーした佐野紘一選手も次のように語った。
「本当はみんな、国体に出場できずに悔しい思いがあるはずなのに、その気持ちを押し殺して、コート外でもいろいろとサポートをしてくれました。チームとして一致団結していたからこその勝利だったと思います」

 2人が特にその応援の力を感じたのが、初戦だったという。相手は第2シードの岡山。東京、埼玉と並んで、できれば初戦での対戦は避けたいところだった。佐野は「正直、運がないな」と思ったという。だが、ドロー表を見ると、「初戦さえ勝てば、ベスト4進出の可能性が出てくる」とも感じた。愛媛にとって、初戦が命運を握るカギとなった。

 敗戦も、価値ある粘り

 愛媛県代表は佐野選手と明治大学2年の弓立祐生選手。対する岡山県代表は、明大3年の小野陽平選手と早稲田大学3年の岡村一成選手。果たして、秀島監督はどんな展開を予想していたのか。
「岡山の2人は、確かにポテンシャルは高いものがありますが、付け入る隙はあると思っていました。時期的にも彼らは関東学生リーグを終えたばかり。学生にとってリーグ戦は非常に重要ですから、それを終えてホッと一息ついたところで国体という感じだったと思います。ですから、気持ちに緩みが生じているのではないかと。特に初戦でしたからね。逆に若い2人ですから、気もちを乗せてしまえば、どんどん勢いづいてパフォーマンスも上がってきてしまう。とにかく前半が勝負だと思っていました」

 まず行なわれたのはシングルスNo.1。佐野選手と小野選手が対戦した。実はこの2人は2度対戦したことがある。対戦成績は佐野選手の2勝0敗。そのうちの1勝は今年6月の札幌国際オープンだった。一方、シングルスNo.2の弓立選手と岡村選手の対戦は、岡村選手に分があると見られていた。今年3〜4月に行なわれた筑波大学国際テニストーナメントで決勝進出を果たすなど、今季の岡村選手には勢いがあった。そのため、秀島監督はシングルスは佐野選手で1本取り、弓立選手が負けたとしても、ダブルスで勝負できるという計算でいた。

 佐野選手は1ゲーム目、相手に1ポイントも与えないラブゲームでキープし、最高のかたちで試合に入った。ところが、相手にブレークされた3ゲーム目以降、少しずつプレーが消極的になっていった。佐野選手はこの時の状況を次にように語っている。
「自分はパワーで攻撃するようなタイプではありません。とにかく、しつこくコースをついて、甘いボールが来たらネットに出て得意のボレーで、といつものプレーを心掛けようと思っていました。でも、相手はストロークを得意とするタイプ。その相手に先に打たれて、後手にまわる苦しい展開となってしまいました」
小野選手に5ゲームを連取され、ゲームカウントは1−5となった。

 続く7ゲーム目も15−40となり、敗戦ムードが漂い始めた。だが、佐野選手は粘って逆転し、久々のキープに成功した。そこから佐野選手のプレーに積極性が戻ってきた。ファーストサービスの確率が上がり、甘いボールに対しては果敢にネットに出た。
「監督に『同じことをやっていても、このまま押し切られるぞ。もう、開き直っていこう』と言われたんです。確かにそうだなと思いました。普通にやっていても、ボコボコにされてしまう。こうなったら、なんとか食らいついて、積極的にネットに出ていこうと」
 結局、6−7まで追い上げたものの、最後はラブゲームで仕留められ、佐野選手は敗戦を喫した。

 それでも粘りを見せて、追い上げムードの余韻を残して弓立選手にバトンタッチした。それが弓立選手の背中を押したのだろう。いきなり3ゲームを連取し、主導権をがっちり握ると、8−2と圧勝してしまったのである。これで愛媛は完全に息を吹き返した。
「正直、自分が負けた時は、このまま国体が終わってしまうのかな、とも考えました。でも、弓立が3−0とリードした時、『よし、ダブルスで逆転するチャンスはある』と、すぐに気持ちを切り替えました」
 佐野選手は応援しながら、ダブルスに向けて気持ちを高めていった。

 コート外の陰の功労者たち

 そして迎えたダブルス。佐野選手は「ダブルスは流れが行き来しやすい。だから、序盤でブレークして、早めに主導権を握りたい」と考えていた。だが、3ゲーム目に先にブレークしたのは岡山だった。4ゲーム目をキープされ、ゲームカウントは1−3となる。このままズルズルいくわけにはいかなかった。6ゲーム目をキープすると、7ゲーム目はブレークバックに成功し、3−3と並ぶ。ここからお互いに一歩も譲らない接戦が繰り広げられた。

 内容的には、主導権は愛媛にあったといってよかった。2人共にストロークを好む岡山は、ベースラインから強打を打ってきた。確かにその打球は速く、重かったが、あまりにも単調だった。一方の愛媛はダブルスが得意の佐野選手がうまく弓立選手をリードし、相手に合わせることなく、基本に忠実なプレーでポイントを重ねた。ベンチから見ていた秀島監督も「確かに競っていましたから、見ていてドキドキはしましたが、勝てる雰囲気は感じていた」という。

 この時、佐野選手と弓立選手を後押ししていたのは、応援だった。
「愛媛、1本目!」
「愛媛、いけるいける!」
 スタンドからはどこよりも大きな声援が送られていたのだ。それは、通りがかった人も思わず注目してしまうほどの盛り上がりだった。

 かくして試合は8−8となり、勝負はタイブレークに持ち込まれた。すると、いきなり相手に3ポイントを連取されてしまう。この時、佐野選手は一瞬、敗戦の文字が頭をよぎったという。だが、ここでも応援が力を注いでくれた。
「ここから! ここから!」
 今度はお返しとばかりに5連続でポイントを取り、5−3とリードを奪った。1ポイントを与えて5−4と追い上げられるも、最後は3連続ポイントで一気に勝負を決めた。

 逆転で初戦を突破した愛媛は、ここ4年間、大きな壁となっていた2回戦で鹿児島を破り、5年ぶりにベスト8進出を果たした。さらに勢いは続き、静岡との準々決勝も突破。準決勝では優勝候補の埼玉に惜しくも敗れたものの、愛知との3位決定戦では危なげない試合運びで快勝。ノーシードから見事、上位入賞を果たした。

 4日間にわたる戦いを終えて、佐野選手はこう振り返った。
「僕にとっては、どの試合よりも初戦が大きかったですね。苦しい中、まるで団体戦のようなすごい応援をしてくれて、それが力になりました。あの応援がなかったら、シングルスも粘ることができなかったかもしれないし、ダブルスも勝ち切れなかったかもしれない。チームメイトだけでなく、東京支店の方々など、本当に多くの人がかけつけて、応援してくれた。その中でベストを出して結果を残せました。少しは恩返しができたかなと思っています」

 一方、秀島監督もサポート役に徹した選手たちの献身ぶりには目を見張るものがあったと語る。
「シードの岡山に勝った後、気が緩むのが一番怖かったんです。2回戦は実力的には勝てる相手だっただけに、足元をすくわれないようにと思って試合前に、全員で円陣を組んで話をしました。『絶対に勝たなければいけない試合ってあるよな』と言うと、みんなすぐに理解してくれた。この4年間、ずっと越えられなかったのが2回戦だったんです。『よし、絶対に勝ちにいこう』と言うと、キャプテンの植木竜太郎や坂野俊が『オレたちが応援で盛り上げるから!』と言ってくれたんです。コート外でも、買い出しなど、みんなが気付いたことはパパッと能動的にやってくれました。今年こそは、絶対に勝たなければならないということが、応援の選手も含めて、チームに浸透していたんだと思います。それに弓立選手もうまく乗ってきてくれましたね」

 果たされた地方銀行の使命

 今回の快挙は4年後に控えた愛媛国体に向けて弾みとなるに違いない。そして、伊予銀行男子テニス部の存在意義が再確認された大会となったのではないだろうか。秀島監督は4年前に監督就任後、常に国体で成績を残すことの重要性を選手たちに言い続けてきた。それは地方銀行の使命だと考えていたからだ。

「地方銀行は、地域に根差し、地元の人たちから愛され、そして地域貢献に努めることが役割のひとつです。その地方銀行のテニス部である私たちが、愛媛代表として唯一出場できるのが国体。そこで成績を残すことが、地元への恩返しにもなるんです」
 これまで秀島監督が種をまき、肥料を与えてきたものが、ここにきてようやく花を咲かせたのである。

 そして国体での快挙は、佐野選手以外の選手にも刺激となっているようだ。特に約1カ月後に迫った日本リーグに向けて、気合いが入っているのが2年目の飯野翔太選手だ。練習の様子などから、垣間見られるという。そして、それは試合でのプレーにも表れている。佐野選手は国体直後に行なわれたゴーセン杯千代オープンでの飯野選手についてこう語っている。

「千代オープンで、飯野は決勝に進出したのですが、特にプロ相手に勝った準々決勝のプレーは良かったですね。飯野はいつも自分のミスで負けることが多いのですが、その時はほとんどのショットがきれいにコートに入っていた。メンタルの面でも波がなく、終始集中していました。僕がこれまで見てきた中で、一番いいプレーだったと思います」
 成長著しい飯野選手。秀島監督も日本リーグでのカギは彼が握っていると考えている。

 その日本リーグでは「プロが寄せ集められた即席のチームにはない団結力が、僕たち伊予銀行の武器。国体と同じように、一致団結して戦っていきたい」と佐野選手。国体でつかんだ自信と勢いを日本リーグにつなげたい考えだ。チーム全員で4年ぶりの決勝トーナメントの切符を掴み取る。


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