北京五輪、金メダルが期待されながら日本代表はメダルなしに終わった。
 準決勝で日本代表の前に立ちはだかったのが、これから紹介する韓国代表の若きサウスポー金広鉉(キム・グァンヒョン)だ。

 緊張したのか3回までに金広鉉は2点を失ったが、そこから見事に立ち直った。4回から本来のピッチングに戻り、8回まで投げて勝ち投手になった。被安打6、奪三振5。
 試合前、日本代表の星野仙一監督は「スライダーをいかに我慢できるか」と直球狙いを指示した。その指示を田淵幸一ヘッド兼打撃コーチは「(スライダーを見逃して)三振に倒れても、それは仕方ない」と選手たちに徹底させた。
 ここまで注意を促したにもかかわらず、日本の選手たちは金広鉉のスライダーを見極めることができなかった。これはもう素直に相手が上だったと認めるしかあるまい。

 日本の野球ファンが金広鉉に初めて注目したのは昨年11月に行なわれたアジアシリーズだろう。
 日本、韓国、台湾、中国の4カ国・地域のプロリーグ優勝チーム(中国は昨年まで選抜チームが参加)がアジア王座を目指すものだが、スタートした2005年は千葉ロッテ、06年は北海道日本ハムが全勝で優勝を飾っている。

 昨年は日本王者の中日が優勝を果たし、日本勢の3連覇となったが、一次リーグで日本勢に初めて土をつけたのが韓国王者のSKワイバーンズだった。そしてその勝利の立役者が19歳の金広鉉だったのである。
 金広鉉は7回途中まで投げ、中日を散発3安打に封じ込んで勝利投手になった。150キロ近いストレートと切れ味の鋭いスライダーで中日打線を全く寄せ付けなかった。

 ちなみにSK監督の金星根は千葉ロッテの元コーチ。ピッチングコーチの加藤初は西鉄、巨人で活躍し、引退後は巨人、西武などでコーチを務めた。
 彼らが日本のバッターはどういうピッチングをされると弱いか、事前にレクチャーしていたことはほぼ察しがつく。
 今回の五輪で韓国の若いピッチャーから日本野球コンプレックスのようなものが感じられなかったのは、こうしたことと無関係ではあるまい。

 これまで韓国の野球というとパワーはあるが、どこか粗っぽいという印象が拭えなかった。
 ところが今回の北京五輪では、その粗さの部分が完全に払拭されていた。
 現在、韓国プロ野球では6名ほどの日本プロ野球OBが指導にあたっている。韓国にとって悲願だった五輪初の金メダル獲得に彼らが果たした役割は大きかったと言えるのではないか。

 気になるのは日本キラー金広鉉の今後だ。韓国ではFA資格を取得するのに9年かかる。ただし、海外移籍は7年。つまり自由の身になるのは早くても5年後なのだ。
 旬の時期ならメジャーリーグでも通用すると思われる逸材だが……。

<この原稿は2008年9月14日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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