私の大学生活は東京都目黒区にあった南豫明倫館という学生寮でスタートしました。1986年から都下の小金井市に移転しているようです。ホームページを見て知りました。

 

 これもホームページを見て知ったのですが、南豫明倫館は明治16年創設で180年以上の歴史を持つ学生寮のようです。伝統ある寮とは聞いていましたが、そこまで由緒正しいとは知りませんでした。寮には昔のなごりをとどめる高下駄や角帽なども残っていました。先輩たちが愛用していたのでしょう。

 

 私は愛媛県八幡浜市という宇和海に面した港町の出身なのですが、ホームページによると<明治時代に学問を学ぶための寄宿舎として、伊達宇和島藩が屋敷を提供したことがはじまり>だそうです。寮生のほとんどが宇和島市、八幡浜市、大洲市、あるいは西宇和郡、北宇和郡、東宇和郡、西宇和郡など、愛媛県南予地方の出身者で、寮生が通う大学は国公立から私立までさまざまでした。

 

 入寮に際しては試験もありましたが、私が合格したくらいですから、そう難しくなかったように思われます。あとで寮長とウチの父親が知り合いだったと聞きました(笑)。

 

 男子寮ゆえ、もちろん女人禁制です。門限は確か午後10時で、1年生には風呂当番や庭の掃除がありました。時々、門限を破って、先輩からこっぴどく叱られたものです。その先輩も、こっそり裏口から帰っていたのですが(笑)。

 

 楽しかったのは、寮対抗の野球大会ですね。都内には他にも愛媛県出身者の寮があり、年に2回ほど対抗戦をやっていました。

 試合前になると、近くの公園に集まり、にわか練習をやるんです。一応、サインとかも決めるんですが、試合になると忘れちゃうんですよ。

 

 当時、愛媛県は夏の甲子園で47都道府県中最高勝率を誇っていました。そのため、他の寮には甲子園で活躍した選手も多く、私たちが対戦したピッチャーの中には準優勝投手もいました。私はまぐれでヒットを打ったのですが、後で聞くと甲子園で肩を壊し、もう全力では投げられなくなっていたそうです。それでも、いい思い出ですね。

 

 普段はあまり会話をかわすことのない4年生も、この野球大会の時だけは、フランクに話すことができました。試合後の祝勝会、残念会には他寮の学生たちも参加し、遅くまで伊予弁で盛り上がったものです。

 

六本木と五本木

 

 寮生活での笑い話をひとつ。入寮したばかりの頃、ひとりの先輩が私たち新入生に、「おい、五本木に食事に連れていってやる」と声をかけてくれたのです。

「五本木って知っとるか?」

「六本木なら知っとるけど、五本木は知らんぞ」

「名前からして多分、六本木の近くやな」

「それやったら、オシャレせんといかんなァ」

 

 私たち新入生は、いっちょうらの服に身を包み、集合時間の10分前に玄関に集まりました。私は仕立てたばかりの一着しかないスーツに、ピカピカの革靴。どう見てもお上りさんです。

「先輩はどんなカッコなんかなァ」

「そりゃ英国製かなんかのスーツやろ」

「まあ六本木の近くの店いうんやから、それくらい着てこんとなァ」

 

 それから数分後。

「オマエら、なんでいっちょうらの服着とるんや?」

 パッと前を見ると、ボサボサ頭の先輩が立っていました。古着屋でも売っていそうにない着古したジャージの上下に身を包み、下はゴム草履です。

 

「せ、せ、先輩。五本木でしょう!?」

「そうや、五本木や。五本木のラーメン屋や。おい、歩いていくぞ」

 がっくりと肩を落としながら、私たち新入生はカルガモのように先輩の後をついて行きました。10分も歩くと、古びたカウンターだけのラーメン屋に到着しました。

 

 私たちの寮は目黒区上目黒にあったのですが、五本木のラーメン屋は目と鼻の距離でした。

「おい、ギョーザでもラーメンでもチャーハンでも、好きなもんがあれば何でも食っていいぞ。今日はオレのおごりや!」

「は、はい。じゃあラーメンで……」

 

 今でも五本木の近くを通ると、このラーメン屋のことが頭に浮かびます。いっちょうらのスーツにスープが飛び散り、夜遅くまでベンジンで染み抜きしたのも、今となっては懐かしい思い出です。

 

二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>

1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。


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