「若草や子供集まりて毬を打つ」(正岡子規)
 2010年度で9回目を迎えた「えひめスポーツ俳句大賞」の表彰式が3月26日、松山市内で開かれた。この賞は同市出身の俳人で野球好きとしても知られた正岡子規の野球殿堂入りを契機に、「スポーツに接して得られる感動やときめき、共感を俳句に詠み込むことにより、スポーツファンの増加と、スポーツと文化が融合した新しい芸術文化の創造」を目指して02年より設けられた。
(写真:表彰を受けるジュニア部門の受賞者)
 前回の2009年度は全国25都道府県から4,198句の応募があり、俳句部門(一般)の大賞には、「青野令飛んで世界の雪光る」(愛媛県・篠崎伶子さん)が輝いた。また、俳句部門(ジュニア)大賞は、「マラソンの足取り軽く春近し」(愛媛県・中西ちなつさん)が選ばれている。

 そして今回、昨年6月から11月までの応募期間に寄せられたのは前回を上回る4,219句。地元・愛媛のみならず、北は北海道から南は鹿児島まで全国38都道府県からスポーツを題材にした五・七・五が続々と届いた。これらの中から6人の審査員の選考により、一般の部、中学生以下のジュニアの部、俳句に合った写真を撮影して添付するハイブリッド部門でそれぞれ大賞が決定した。

 ここで各部門の大賞作品を紹介しよう。
◇俳句部門(一般)大賞
 調教を終へて少女が馬冷やす(北海道・江田三峰さん)
◇俳句部門(ジュニア)大賞
 ボール投げ自己新記録天高し(愛媛県・竹田拓斗さん)
◇ハイブリッド部門大賞(写真)
 挙がらぬを挙げる根性光る汗(愛媛県・菅伸明さん)

 一般の部で大賞を受賞した江田さんの一句は「季題が見事に詠まれていて、その風景が目に見える」と高石幸平審査委員長(愛媛県俳句協会会長)も高く評価。各審査員の異存なく大賞に決定した。またジュニアの部で大賞となった竹田さんの句には「天高しという季題に自己新達成の喜びが響き合っています」(高石審査委員長)「不断の努力によって遂に自己新記録を達成した瞬間の感動を詠んで成功しています」(愛媛県俳句協会・渡部抱朴子副会長)といった講評が寄せられた。ハイブリッド部門の大賞作品では「重量挙げ、渾身のシーンが確かなカメラアングルとシャッタータイミングで撮られ、モノクローム作画で力強さが強調された秀作」(愛媛県美術会・川本征紀評議員)と俳句に添えられた写真も好評だった。

 加えて寄せられた句が題材としている各競技グループごとに、「金賞」「銀賞」「銅賞」「入選」の各作品も決まった。「雄叫びの槍凍て空を割きて飛ぶ」(水・陸上記録競技/愛媛県・菅貴久代さん)、「魁皇の一喜一憂虎落雷」(徒手格闘技/愛媛県・郷田陽子さん)といった作品が一般の部では金賞に選ばれ、ジュニアの部では「スノボーで君のもとへと滑りたい」(氷・雪上競技/青森県・宮本美玖さん)、「春一番ペダル踏み込み走り出す」(操縦(乗物)競技/青森県・杉本麻里菜さん)などが金賞に輝いた。

 さらに愛媛県内の各メディアによる「報道関係賞」も設けられ、「秋の空初めてできたさかあがり」(テレビ愛媛賞/愛媛県・濱田瑞希さん)、「敗戦の投手うなだる大西日」(FM愛媛賞/茨城県・馬渕京子さん)などが表彰を受けた。FM愛媛賞に決まった馬渕さんは茨城県日立市在住。先月発生した東日本大震災では自宅の屋根瓦が割れ、塀が損傷するなどの被害を受けた。

 地元の日立北高校に勤務する馬渕さんは17年前より俳句を始めた。昨年は第60回かびれ賞を受賞し、それを記念して『鵜の岬』(本阿弥書店)と題した句集を11月に上梓している。このスポーツ俳句大賞には今回初めて応募した。
 
 受賞句は高校野球の情景を切り取ったものである。昨夏の茨城県大会、日立北は2回戦に0−7の劣勢を跳ね返しての大逆転勝ちをおさめたものの、続く3回戦で反撃及ばず敗れた。その時、スタンドから目に焼きついた光景を17文字の中で表現した。

 このスポーツ俳句大賞の参加にあたっては、校内の俳句愛好会のみならず、野球部の選手たちにも声をかけた。残念ながら受賞したのは馬渕さんの一句だけだったが、「野球部の生徒たちは競技に対する思いが強いだけに、普段から俳句を詠んでいなくても、とってもいい句が多かった」と明かす。日立北では後日、改めて投票で最優秀作品を選び、「夏の夜ひとり素振りを繰り返す」という野球部員の句が最も多くの票を集めた。

 交通網などの復旧が充分でない中、3月26日の表彰式に参加するかどうかは正直、迷った。ただ、数年前に訪れた松山の雰囲気がとても良く、「また行ってみたい」と思い切って四国に渡った。
「本当に行った甲斐がありました」
 表彰式を終えた馬渕さんは、そう振り返る。
「愛媛のみなさんには本当によくしていただきました。愛媛県体育協会の大亀孝裕会長はじめ、多くの人に励まされ、主人とも“震災以来、久々に笑ったね”と話をしたんです」

 俳句を詠む楽しさを「24時間、365日、いろいろなことにアンテナを張って、物を見る目や感じ方を養えるところ」と馬渕さんは説明する。鮮やかな景色や微妙な季節の移ろいを、美しい言葉で端的に表現できる点が俳句の最大の魅力だ。
「今年の桜は、毎年同じ花を咲かせているのに、とても寂しく映りました。気付けば、そんな心境をふと詠んでいる自分がいる。俳句が日常になっているんだなと実感しました」
 復興への道のりはまだこれから。しかし、今年度も多くの生徒とともにスポーツ俳句大賞に応募したいと馬渕さんは心に決めている。

 また、バット(ベースボール的)競技で「審判の人にも礼をして涼し」を詠み、銀賞を獲得した宮城県東松島市の関根通紀さんは、震災後、連絡がとれない状態が続いた。関係者一同、心配したが、その後、愛媛県体育協会に避難先から葉書が到着し、無事が確認された。賞状なども4月12日に本人の下に届いたという。関根さん自身も津波に遭い、かろうじて生還したそうだ。「津波によって、多くのものを失い、今は「津波以後」として一からの出発になります」と葉書には綴られていた。

 2010年度は応募期間を前回より前倒しし、夏休み前から受付をスタートした。そのため、ジュニア部門での投句が増えた。愛媛県外からの応募数も全体の半数に迫っており、大亀会長は「スポーツ俳句という文化が徐々にではあるが、全国に浸透してきたと言える」と評価する。今年度は節目の10回目。愛媛県体育協会では「全国47都道府県からの応募を目指して取り組みたい」としている。
(写真:ハイブリッド部門の金賞作「地を蹴って白球へ飛ぶ汗が散る」

 審査員のひとりでもある愛媛県俳句協会・嶋屋都志郎副会長は「どんなスポーツでも力みすぎは失敗のもとですが、俳句も同じです」とアドバイスする。俳句というと、ウンウンうなりながらひねり出すイメージもあるが、スポーツ同様、気軽に楽しむものだ。そして、そんな中から人の心に響く一句が生まれていくのだろう。

「スポーツはみんなをつなぐバトンかな」(NHK松山放送局賞/愛媛県・上岡弘典さん)
 俳句にもスポーツにも共通の話題で老若男女の違いを越えて、ひとつにつながる良さがある。両者が今後もうまくコラボレーションする中で、後世にかけがえのない文化がバトンリレーされていくことを願ってやまない。

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(石田洋之)
 
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