東日本大震災に伴う福島第1原発の事故による放射性能汚染の拡散と事態の長期化は、国内のスポーツ界に大きな影響を及ぼしている。
(写真:昨年の名古屋マラソン。今年はこの風景を見ることが出来なかった……)
 3月〜4月にかけての大きなレースは軒並み中止。5月以降も多くの大会が中止に追い込まれている。もちろん、被災地に関わるイベントは当然であるが、一見なんの関係もない西日本のイベントなども早々に中止を決めている。そのほとんどに「痛みを感じている人に申し訳ない」という被災者への配慮が働いているのが日本人らしい。ただ、あまりこれをやりすぎると経済の停滞や、精神的な停滞をもたらすことになってしまう。資金や人材の不足とか、施設の損障など物理的な問題ならともかく、このようなメンタリティーの問題はバランスを取るのが難しい。イベント関係者としては苦難の1年になりそうだ。

 そして、「イベントの中止」は大会主催者だけが苦しむのではない。その参加者や関連業者にも大きな影響が及ぶ。4月末に開催される宮古島トライアスロンでは、開催の是非も激しく論議されたが、開催決定の後も表彰パーティーの自粛に関して多くの意見が集まった。そんな中で地元から出た意見が「パーティーが中止になったら俺たちが倒れてしまう。そしたら被災地を支援することなんて出来なくなってしまう」というものだった。そう、「自粛」とは聞こえがいいのだが、イベントに関連している人にとってはレイオフにも近いことになってしまう。実際、すでにいくつかのイベント業者が倒産しているのを聞いている。
 そんな事情を考慮すると、進むのも、止めるのも辛い判断だ。

 ここで名古屋国際女子マラソンの関係者で私の知人の手記を紹介したい。震災の2日後に予定されていた大会だったのだが、苦渋の決断で中止になった。その判断に後悔はないが、そのことによって影響を受けた選手のことを思うと今も心が痛むという。
 この手記で主催者の苦悩の一端を知ってもらえればと思う。

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 名古屋の街は震度4の揺れで、ホテル18階の大会事務局も確かに大きく揺れた。しかし、その後の名古屋のまちはいつもと変わらぬ様相で、テレビから伝えられる被災地の情報に注意を払いながらもスタッフには「開催に向けた準備は粛々と進めるように」と声をかけていた。ただ、震災直後に愛知県警から「被災地へ向かう人員を割くために当日の警備に充てる人数を縮小せざるを得ない」という連絡があり、「開催する場合、民間会社の警備員を増やして対応する」という対応を事務局では考えていた。
 しかし、刻々と入ってくる状況は予想をはるかに上回るもの。

 その夜、関係者で22時過ぎまで議論していて、その時点では各報道機関などには「開催に向けた準備をしながら事態の推移を見守る」としていた。なぜなら名古屋は単に国内女子マラソン選手だけが世界陸上の参加切符をかけて戦う場ではなく、エントリーしている海外女子マラソン選手にとってもそれぞれの国の代表をかけて戦う場だったからだ。マラソン選手は他のスポーツ競技と違い1年に1回、せいぜい2回のレースが限度である。フルマラソンを走るという、この一点にかけている人たちばかりだ。何十試合もあるうちの1つ、という競技とはそもそも性質が違う競技であり、中止という判断は選手の一生を左右するもので、簡単には出来ない。さらに国際的なスポーツイベントでもあり、判断は慎重にならざるを得ない状況だった。

 しかし、部屋に1人戻って深夜0時過ぎのニュースを見たときに状況がさらに悪化してるのをはっきりと確信。この時点で個人的には「中止だな」と思った。

 翌日、選手村をいつもより早い7時に開ける。この時点で、「中止」という判断は誰も疑う余地がないほどに被災地の状況は悪化の一途をたどっていた。ただ、名古屋ではまだ展覧会やナゴヤドームでの「花の見本市」など、イベントはほぼ通常通り行われ、街は普段と変わらぬ様相。一見なにも変わらぬ街だったからこそ、判断する側にとっても、選手にとっても飲み込みにくい過酷な状況だったと言える。

 最終的な判断は「中止」。11時40分に中止リリースを流し、関連各所への中止連絡を一斉に開始。選手はホテルのロビーで涙する人、記者らの問い掛けに答えず自室に向かう人とそれぞれだった。

 震災から1カ月経って、あの時の判断は間違っていなかったと思う一方で、選手の一生にどのような影響が出るのか……そう思うと今も心が痛む。実際に名古屋にエントリーしていたセカンドウィンドACの加納由理は、その後、体調不良のため、世界選手権の代表選考レースになった4月17日のロンドン・マラソンを欠場。名古屋で代表を狙う計画だった加納選手は、その後の調整がうまく進まなかった。名古屋にベストの状態で入っていただけに彼女の「世界選手権断念」とのニュースには本当に心が痛んだ。もちろん、名古屋を開催していても結果はどうなっていたかは、勝負事だからわからない。しかし、その可能性を奪ってしまっただけに、選手に対しては申し訳ない気持ちというか……辛い気持ちでいっぱいだ。
 今回の震災によって甚大な被害を受けた被災者・被災地に思いをはせるととても辛い。その上に、私には名古屋で涙を流した選手たちの思いがさらにのしかかっている……。
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 もちろんこの中止により、関係各所には膨大な損失が出ている。しかし彼の中にはそれ以上に選手の人生を変えてしまったという自責の念が強い。彼は当分の間、いや、一生そのことを心に抱えて生きていくのかもしれない。彼もある意味では震災の被害者なのだ。

(写真:(c)中日新聞社)

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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