5度目の五輪出場へ、ボート武田大作には大きな試練が訪れた。今季は五輪出場権確保のため、8月の世界選手権(スロベニア・ブレド)で上位に入ることを目標に掲げていた。だが、夜久智広選手(東レ滋賀)と組んだ軽量級ダブルスカルでは7月の「FISAワールドカップ第3戦」では22位。世界選手権の出場を逃した。
「このレースで18位以内に入ることが世界選手権出場の条件でした。そのくらいの成績は残せると思っていただけに誤算でしたね。ただ、夜久君とペアを組んだのは3カ月前。2人の感覚を合わせ、コンビネーションを高めるには時間があまりにも短すぎました。これが現実なので仕方ないと思っています」

 さらに9月に行われた全日本選手権ではケガにも見舞われた。シングルスカルで決勝のレース直前に腰を痛め、まさかの2着に沈む。
「朝、サングラスをかけずに練習をしていて、太陽がまぶしかったので首を左へ曲げた瞬間に腰がグキッとなったんです……。それでも何とかなるという感覚はあったのですが、ラストの1800メートルくらいから足がしびれて動かなくなってしまった」
 過去、同種目で12度の日本一を達成している第一人者も「競技生活初めて」というアクシデントには対処しきれなかった。ゴール手前の大失速で1着の選手に逆転を許した。

 10月の国体では別府晃至(今治造船)と組んで成年男子ダブルスカルに出場。急造ペアながら準優勝を収めた。「もっと“世界で勝ちたい”という気持ちを全面に出して取り組まないといけない」と語る38歳にとって、若手の突き上げが乏しい日本ボート界の現状は決して満足できるものではない。当然、パートナーには高いレベルを求めており、ここ数年はペアを組む相手を探すのに苦労している。
「まず気持ち、心が強くないと戦いには勝てません。そして次が体。最後がテクニック、技です。体が強ければ、テクニックは練習でいくらでも磨けます。心技体ではなく“心体技”。これが僕がパートナーに求める優先順位です」

 五輪に出るためには4月のアジア大陸予選(韓国)で3位以内に入ることが条件になる。しかし、昨年10月から11月にかけて実施された代表選考では武田は代表クルーから落選し、補漕となった。この結果を不服として、武田は日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に申立を行った。申立では日本ボート協会に今回の代表クルー内定取り消しと、選考レースのタイムを公表した上での再決定を求めた。

 今回の最終選考では武田を含む6選手がペアを変更しながら10レースを実施。個々人の平均タイムの上位2名が代表となることが決まっていた。さらに2位と3位が僅差の場合は上位4名によるプレーオフレースを追加し、決着をつける方式が導入された。10レースが終了した時点で協会は結果が僅差だったとしてプレーオフ2レースの実施を発表。武田が組んだペアは、そのいずれのレースでも、もうひとつのペアより好タイムだった。選考10レースを終えて武田は僅差の3位だったため、選考要領に従えばプレーオフを経て武田は2位に浮上し、代表クルーとなるはずだった。

 ところが協会は選考10レースの間に、“イレギュラー”が起こり、6選手のうち1名が著しくタイムが悪くなったと判断。その選手を除いてレース平均タイムを再計算したところ、武田は3位で2位と明確な差があったとした。僅差ではなかったため、その後、実施されたプレーオフは“無効”となり、再計算で1位、2位に入った選手が代表となることが決まった。
「タイムで選ぶという基準が最初に示されながら、最後に変更されたのは納得がいかない」
 武田はそう申立に至った理由を説明した。

 当初は「スポーツ仲裁に申立する必要はない」と話し合いでの解決を望んでいた。だが、申立書によれば、上記の指摘に対し、協会は理事会の議題にすらあげず、真摯に対応する意思を示さなかった。さらに所属するダイキの大亀孝裕会長(愛媛県体育協会会長)に対する書面での説明は、「最下位の選手が大幅に不振で、他の選手の足を引っ張るかたちになったため、記録から除外した」となっており、武田が聞いていた“イレギュラー”の話とは異なっていた。これらが選考への不信感を一層、募らせた。何より、武田を今回の行動に突き動かしたのは、「五輪で勝ちたい」という強い思いだ。
「僕は世界で勝てなくなったら現役を辞めようと思ってやってきました。でも、今なら、まだ勝てる。五輪に出ることには固執していません。今のままでは、選ばれた選手もかわいそう。早く決着して、本当に強い選手が五輪に出てほしい。それが僕の希望です」

 武田の申立に対し、協会も仲裁を受諾したため、JSAAは3名の仲裁人による仲裁パネルを構成し、25日にボート協会と武田サイドから4時間に渡って審問を実施した。その結果、仲裁パネルは「選考要領に明記されていないイレギュラーな事態が生じた場合には、協会において別途合理的な基準に基づいて本件選考をすることもあながち不当とはいえない」と協会に選考に関する裁量権があることは認めつつも、特定選手の記録をすべて除外した方式には「著しく合理性を欠く結果を生じているといわざるを得ない」として代表内定の取り消しを求めた。ただし、今後の代表選考については、「具体的な選考方法の選択に関しては、本件仲裁判断を踏まえて、協会がその専門的知見に基づいて判断すべき」と協会に委ねた。五輪に関係する代表選考に関して、選手側の主張が認められたのは史上初のケースだ。

 裁定を受けて協会は4月6日に再レースを実施して代表を決定すると発表した。再レースでは、武田が浦和重(NTT東日本)とペアを組み、代表内定を取り消された須田貴浩(アイリスオーヤマ)、西村光生(仙台大)ペアとの2000mマッチレースを行う。3レースで先に2勝したペアが改めて代表となる。

 武田は協会に再レースを実施すると、既に練習を重ねている代表クルーとの不公平が生じる点や、アジア予選までの日程が限られる点から、昨年11月の最終選考会のタイムを元に本来は1位、2位だった浦と武田を代表に選ぶよう申し入れていた。しかし、協会は現時点での最強クルーを選ぶには再レースが最善策として要望を受け入れなかった。

「申立で予備的請求として再レースについても触れていたので、協会の出した結論には従うしかないと思っています」
 浦とはアテネ、北京五輪でペアを組んでいたとはいえ、与えられた時間は1カ月しかない。
「3年半、ペアを組んでいなかったので、漕ぎながらブランクを埋めている状況です。でも、お互いトレーニングは続けていて力は上がっている。いい結果が出るのではないかと思っています」

 アテネでは6位入賞を果たしたベテランクルー。コンビネーションさえ合えば、まだまだ若手には負けない。
「ここで勝たないと申立をした意味がなくなる。アジア予選で五輪出場権を勝ち取って、五輪で世界と対等に戦うことで、申立が正しかったことを証明したい」
 再レースに向け、38歳は静かに意気込んでいる。

---------------------------
★質問、応援メッセージ大募集★
※質問・応援メッセージは、こちら>> art1524@ninomiyasports.com 「『DAIKI倶楽部』質問・応援メッセージ係宛」

---------------------------------
関連リンク>>(財)大亀スポーツ振興財団
◎バックナンバーはこちらから