5月19日から3日間に渡って行なわれた国民体育大会愛媛県予選。小川冬樹選手が決勝に進出し、7月に行なわれる四国予選の代表の座を獲得した。しかし、もう一人の代表は、地元出身の大学1年生。伊予銀行男子テニス部にとって国体は、日本リーグに次ぐ重要なミッション。同行のメンバーで代表の2枠を埋めるのが理想であることは言うまでもない。果たして、秀島達哉監督はこの結果をどう見ているのか。悔しい思いをした日本リーグから約5カ月経った、今のチーム状態を訊いた。

 苦しみを乗り越えた果ての進化

「完全にカムバックしましたね。今、一番調子がいいですよ」
 そう秀島監督が語ったのは、国体県予選で準優勝し、四国予選の代表となった小川選手だ。指揮官の口から小川選手についての明るい話題が出たのは、1年ぶりのこと。実は昨春からスランプに陥り、なかなかトンネルから抜け出せずにいたのだ。そんな小川選手がようやく復活の兆しを見せたのは、今春のこと。4月後半からはグンと調子を上げてきたという。復活の要因は、自分のプレースタイルを取り戻したことだった。

 小川選手がスランプに陥った最大の要因は、ラケットにあった。昨年1月の日本リーグ後、小川選手はさらなる高みを目指し、プロに勝つにはどうすればいいかを考えていたという。彼が出した結論は、プロのスピードに負けないスピードボールを打つためのラケットにすることだった。ところが、そこには意外な落とし穴があった。自分が速いボールを打つことで、相手から返ってくるボールも速くなり、いい体勢で打ち返すことができない。そのため、広いカバーリングという本来の強みが失われたのだ。小川選手が自分のショットにスピードを求めれば求めるほど、自身が苦しみ、最終的に相手に叩きのめされる結果となった。

 秀島監督からのアドバイスなどを受け、小川選手は昨シーズンの日本リーグ前にラケットを元に戻した。しかし、プレーはすぐには戻らなかった。スピードだけが勝利に結びつくのではないことを、頭ではわかっていても、体はそう簡単に切り替えることができなかったのだ。しかし、1年を経た今、小川選手の体はようやく本来のプレーを取り戻してきた。しかも、さまよい続けたからこその「進化」が見られるという。

「スピンをかけた山なりの“ムーンボール”でゆっくりとした、自分の得意の展開にもっていくんです。そして、そういう遅いボールの中に、これまでやっていたスピードボールを入れると、効果抜群。ですから、彼にとって苦しんだ1年間は決してムダにはなっていないんです。それどころか、進化をもたらしてくれた。“大人のテニス”ができるようになりましたよ」

 小川選手の良さが最も出たのが、国体予選の準決勝、佐野紘一選手との試合だ。特に第1セットは完全に小川選手のゆったりとしたペースに佐野選手がのまれたかたちとなり、6−1と完璧だった。しかし、今や伊予銀行のエースとなりつつある佐野選手も、このまま負けるわけにはいかない。第2セットを逆に佐野選手が6−2で奪い取り、最終セットにもちこんだ。その最終セットは小川選手がゲームカウント5−3とリードしていたが、佐野選手が粘り6−6としてタイブレークへ突入。4−1で佐野選手がリードしていたものの、そこで佐野選手の足に痙攣が起き、小川選手が猛追。最後は小川選手に軍配が上がった。
「佐野も国体出場に燃えていましたからね。試合の内容は、2人ともとてもよかったですよ。ただ、佐野としたら第3セットで先にブレークされてプレッシャーをかけられたのが敗因だったと思います。ただ、あの試合の小川は本当に良かったですよ」

 その小川選手が決勝で敗戦を喫したのが、明治大学1年生の弓立祐生選手だ。実は弓立選手の初戦の相手が、植木竜太郎選手だった。それまで一度も負けたことのなかった弓立選手に、植木選手は2−6、3−6のストレート負けを喫した。果たして、敗因は何だったのか。
「植木にとってはジュニア時代から知っている選手でしたから、『絶対に負けてはいけない』という思いが強過ぎたんでしょうね。伸び伸びとプレーしていた弓立選手とは裏腹に、植木は気持ちが空回りしていました。スコア以上に内容的には競っていましたが、大事なところでダブルフォルトしたり、じっくりとストローク勝負でいかなければいけないところで勝負を焦ったり……。責任感が力みになってマイナスに働いてしまった。確かに弓立選手はほとんどミスがなく、とてもいいテニスをしていました。でも、やられたというよりも、植木が自滅していったという感じでしたね」
 責任感が強い故に生じる力みは、植木選手の入行時からの課題でもある。今後、この課題をどうクリアしていくのか。植木選手がさらなるレベルアップを図るためには、避けては通れない壁なのかもしれない。

 ルーキー、復活への兆し

 昨年、指揮官が最も成長を感じたのが廣一義選手だが、日本リーグ後は、緊張の糸がほどけたのか、それまでの勢いが感じられなかったという。ラケットを替えたこともあり、4、5月はシングルスではボロボロの状態だったようだ。そこでラケットを元に戻したところ、プレーのキレが戻り、そのことをきっかけに勢いも取り戻したという。国体予選は準決勝で敗退したが、その準決勝では優勝した弓立選手に第1セットは6−7と競り合った。結果的にストレート負けを喫したが、「負けていられない」とその後のいい刺激になっている。

 期待の新人選手として4月に入行した飯野翔太選手は、春先は高校生にも負けてしまうほどのスランプに陥っていたという。早稲田大学時代には3年時に関東学生選手権でシングルス、ダブルスの2冠に輝き、4年時のインカレではダブルスで準優勝した飯野選手。その彼にいったい何があったのか。

「入行してからわかったのですが、飯野というプレーヤーはとても繊細なところがあるんです。彼を支えているのは、自分がここまでやったという練習から得られる自信なんです」
ところが、入行する前の3カ月間、飯野選手は体調不良で練習することができなかった。さらに、自由に練習できた大学時代とは異なり、社会人は仕事と両立させなければならない。先輩たちも経験した壁に、飯野選手もぶつかったのだろう。秀島監督の予想以上に、本来の実力を発揮するのには時間を要した。

「1カ月くらいすれば、戻るかなと思っていたのですが、ダメでしたね。とにかく、ほとんどのショットがアウトしてしまうんです。私がいくらアドバイスをしても、大学時代の映像を見せても、全く効果はありませんでした。それでも、飯野は腐らずに練習に励んでいました。その成果がちょっとずつ出つつあります。結局は練習不足から足の筋力が戦えるレベルではなかったことが原因だったのでしょう。フィジカルが上がってきたことで、自信も持てるようになってきたようです。7月までには、完全復活すると思いますよ」

 選手それぞれの課題を克服しながら、日々トレーニングに励んでいる伊予銀行男子テニス。そのまとめ役が、キャプテンとして2年目となる萩森友寛選手だ。その萩森選手にも少しずつ変化が見られるという。
「まずは彼にやらせてみよう、と思って、いろいろとキャプテンとしての仕事を振っているんです。例えば、チームのトレーニングメニューも萩森に作らせています。最近になって、ようやく萩森の方から『○○を取り入れてみようと思うんですけど』と言ってくるようになりました。まだまだの部分は多いのですが、彼も少しずつ成長してきていると思いますよ」

 夏が終われば、秋に行なわれる国体、全日本選手権があり、すぐに日本リーグの季節が訪れる。時間はあるようで、そう長くはない。今後を占う意味でも、夏の時期をどう過ごすかは非常に重要だ。今夏、秀島監督は“結果”にこだわるという。
「2月から朝の練習でダッシュなどのスピード系のトレーニングを積み上げてきました。おかげで、フィジカルは非常に上がっています。では、実際に試合ではどれくらい動くことができるのか。今月からは少しトレーニングの量を落とし、試合に集中させています。これまでのトレーニングの成果がきちんと試合に出れば、選手の自信になると思うんです」
 果たして伊予銀行のメンバーは、どんな結果を生み出すのか。そして日本リーグに向けて勢いをつけることができるのか。今後の試合結果に注目したい。


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