グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)でのシングルス制覇は、日本テニス界にとって悲願である。
 全米オープン準決勝で世界ランキング11位(大会前時点)の錦織圭が同1位で5年連続決勝進出を狙ったノバク・ジョコビッチ(セルビア)を6−4、1−6、7−6、6−3で撃破した瞬間、多くの者がトロフィーを抱く錦織の姿を想像したはずである。かくいう私もそのひとりだった。


 しかし決勝の相手マリン・チリッチ(クロアチア)は一筋縄ではいかなかった。同16位ながら準決勝でグランドスラム17回優勝のロジャー・フェデラー(スイス)相手に6−3、6−4、6−4とストレート勝ちした実力は本物だった。

 身長198センチの長身から繰り出されるサービスは迫力満点で計17本のエースを奪った。錦織が得意とするラリーでも、ミスを重ねたのは錦織の方だった。

 結果は3−6、3−6、3−6のストレート負け。「自分のテニスができなかった」という錦織の試合後の言葉が、全てを物語っていた。

 調子が良い時の錦織はベースライン付近から前でプレーすることが多い。相手を後ろに下げ、攻撃の主導権を握るのだ。全仏を17歳で制したマイケル・チャンコーチとコンビを組むようになってから、特にその傾向が強くなっていた。

 ところが決勝ではチリッチのパワーに圧倒され、ベースライン付近での防戦を余儀なくされた。試合前には「くらいついていく」と話していたが、相撲にたとえるなら、チリッチにまわしを取らせてもらえなかった。

 それでも、ここまでの錦織の戦いぶりは見事だった。ジョコビッチを含め、自分よりも格上の選手を3人も倒した。準々決勝のスタニスラス・ワウリンカ(スイス)戦ではバックハンドのハイボレーによるスーパーショットを披露し、相手の拍手を誘った。錦織はプレーでも世界を魅了した。

 現在、“ビッグ4”と呼ばれているのはフェデラー、ジョコビッチ、ラファエル・ナダル(スペイン)、アンディ・マリー(英国)。今回、錦織とチリッチは、ともに初めて決勝に進出した。“ビッグ4”のいずれもが決勝に残らないグランドスラムは05年の全豪以来となった。
その意味で24歳の錦織と25歳のチリッチは時計の針を進めたとも言える。今後、世代交代に拍車がかかりそうだ。

 海外ではフェアにプレーし、潔い態度に終始した敗者を「グッド・ルーザー」と呼んで称える。錦織は試合後のスピーチで「マリン(チリッチ)に祝福を述べたいと思います。初優勝おめでとうございます」と勝者を称えるなど、最後までスポーツマンシップを発揮した。
 国際舞台で活躍するトップアスリートの当然のマナーとはいえ、聞いていて清々しく感じられたのは私だけではあるまい。

 この全米オープンまで、錦織のグランドスラムでのキャリアハイは12年全豪オープンのベスト8だったが、ベスト4を飛び越え、今回、一気に決勝に進出した。頂点が見えてきた。

<この原稿は『サンデー毎日』2014年9月28日号に掲載されたものです>


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