入団以来、1軍で14年かけてコツコツと積み上げてきた215盗塁のうち、実に119が代走での記録である。昨年5月に、それまで藤瀬史朗(近鉄)が保持していた代走での日本記録105を抜いて以来、文字どおり独走状態だ。
 走りのスペシャリスト鈴木尚広(巨人)が、37歳にして監督推薦でオールスターゲームに初選出された。全セを率いる原辰徳監督の粋な計らいによるものだ。「代走屋」という名のゲームチェンジャーをどこで使うのか。指揮官にとっては腕の見せ所だ。

 思い出すのが1974年のオールスターゲーム。全パを率いる野村克也は代打男の高井保弘(阪急)を監督推薦で選出した。彼が代打ホームランの「世界記録」をつくるのは、この翌年のことだ。

 日本シリーズには何度も出場していた高井だが、リーグを代表するスターが顔を揃える球宴には縁がなかった。ベンチの中では借りてきた猫のように身を持て余していた。

 東京・後楽園球場。1対2とパ・リーグ1点ビハインドで迎えた9回裏、1死一塁の場面で野村が動いた。ホームランが飛び出せば逆転サヨナラの場面で、指揮官は満を持して高井の名を告げた。
 代打屋冥利に尽きる起用だ。「ノムさんの恩に報いんといかん」。高井は一振りにかけた。「1球で仕留める覚悟と技術がないと、この仕事は務まらんよ」。それが高井の代打哲学だった。

 18.44メートル先にはヤクルトのエース松岡弘。ただでさえ速いストレートが、この夜はさらに冴え渡っていた。1死一塁という状況から判断して、高井は「シュートが来る」と読んだ。キャッチャーに気付かれないように、スパイク半足分、そろりと足を引いた。

 1ボールからの2球目、狙いどおりのボールがきた。真ん中低めのシュート。34.5インチのバットを振り抜くと、快音を発した打球は都会の闇を切り裂くように左中間スタンドに飛び込んだ。絵に描いたような代打逆転サヨナラホームランだった。

 ちなみに高井は球宴の打席に2度立っているが、2度目はストレートの四球。つまり計6球のうちストライクは1球だけ。その一球をひと振りで仕留めたのだ。まるで息を潜めて獲物を狙うハンターのように。

 球宴には代走屋の物語もあっていい。この夏は一振りならぬ、ひとっ走りの至芸を堪能したい。

<この原稿は15年7月15日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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