「(会場に)着いたのが試合の5分前だったから、ギリギリで焦ったよ」
 昨年11月、小松洋平君のデビュー戦を観戦しようとSHIBUYA-AXへ向かったヒロ斉藤さんは、道が渋滞していて大慌てだった。

「慌て過ぎて事故でも起こしたらマズイと思って、途中でパーキングに車をとめてタクシーで会場まで行ったよ」
 さすがのヒロさんも弟子のデビュー戦だけは見逃すわけにはいかないと思ったのだろう。この小松君は、プロレス学校でヒロさんの指導を受けた生徒のひとりなのである。

 一昨年春に開校した新生『プロレス学校』は、残念ながら昨年、閉鎖となった。主宰していたのは、自身もプロレス学校出身者であり、新日本プロレスメディカルトレーナーの三澤威さんだ。亡き山本小鉄さんの遺志を継ごうと立ち上げたものの長くは続かなかった。まるで蜃気楼のように消えていったかつてのプロレス学校と同じ運命を辿ったことになる。

 24年前のプロレス学校は、新日本プロレスの天山広吉選手やグレート・サスケ選手、西村修選手、金原弘光選手など多くの選手を輩出した。今回巣立ったのは残念ながら小松君ただ一人であるが、プロレス学校の遺伝子を持った選手が残ったことは喜ばしいことだ。

 僕は小松君への直接の指導はないものの、同じ空間で一般部門を教えていただけに思い入れは強い。ヒロさんが来ない時などは、何度か一緒に汗を流したこともある。

 小松君は身長172センチと小柄であるが、大学でレスリングをやっていただけに体力もずば抜けていた。天井から吊り下げている新日道場名物のロープを彼はスイスイと何往復も上ることができた。

「実は、大学在学中に新日本プロレスのテストを受けて、一度合格したのですが、入門はしませんでした。大学生活がまだ1年残っていましたから」

 ところが彼はその後、大きな挫折を味わうこととなる。
「卒業をひかえた年に再度テストを受けたら、今度は落ちてしまいました」
 そこで彼は就職をしないで、“プロレス浪人”の道を選んだのだ。

 入学金の50万円を親から借り、バイトをしながら、プロレス学校に通った。
1年後、ようやく待望の入門は果たせたものの、デビューの話はなかなか浮上しなかった。

「今年の夏あたりが精神的に一番キツかったですね。辞める2歩手前ぐらいでした」
 それほどの思いでこぎつけたデビュー戦だけに気持ちが空回りしていないか気がかりだった。しかし、試合前に控え室を訪ねると、思ったより表情はリラックスしていた。

「こいつ、試合直前だというのにカロリーメイト食ってやがったよ」

 新日本の現場監督である平田淳嗣氏は、小松君の強心臓ぶりに舌を巻いていた。試合後に、と固形タイプのカロリーメイトを差し入れしたのだが、まさか試合直前に摂るとは僕も予想していなかった。体重を増やすためにプロテインを飲み過ぎて、お腹を壊したというエピソードをプロレス学校時代に聞いていただけに少々、心配してリングを見つめた。

「キレイな試合をしようと思わないで、気迫だけを見せろ」

 肝心の試合は、師匠のひとりである三澤トレーナーのアドバイスを守り、気持ちが前面に出た良い闘いをみせてくれた。受け身もしっかりと取れていて、躍動感がある。これからを期待させるに十分な試合内容に僕も心底安心した。会場には、ご両親をはじめ、大学の友人など多くの応援団が来ていたのも大きなパワーにつながったはずだ。

 試合後、控え室を訪れると彼は何とも言えない良い表情をしていた。ここまでの道のりは、平坦ではなかっただけにきっと本人もホッとしたのであろう。

 ただ、プロ人生は、ここからが本当の始まりだ。
「試合の自己評価? そうですね、80点です」
 師匠のヒロさんは、彼の高い自己採点を聞いて苦笑いを浮かべたが、その心意気やよしである。プロになった以上、謙遜などしないで、ビッグマウスで突き進めばよいと思う。

 もちろん、たくさんの壁にぶち当たり、鼻を折られることもあるだろう。だが、立ち止まらずに新日ジュニアの頂点を目指し、頑張ってもらいたい。

「デビューしたら、(ヒロさんの得意技である)セントーンを使いたい」
 彼はプロレス学校時代、仲間にこう漏らしていたそうだ。今度はヒロさんに80点をつけてもらえる試合ができれば夢もきっと叶うだろう。

 年が明けて、今年1発目のビッグマッチである1月4日の東京ドーム大会。セコンドで忙しく動き回る小松君を見つけた。軽く声をかけたが、すっかり新日本プロレスの一員としての風格が漂っていた。

 デビューして、わずか1カ月ちょっとだが、その成長ぶりに目を見張るものがある。いつの日か、この東京ドームのリングで躍動する小松選手を見ることになるだろう。

 頑張れ、小松洋平! 24歳の新人プロレスラーには、これから無限の可能性が広がっている。

(毎月10、25日に更新します)
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