「なんだか今日は憂鬱だ・・・」
9月11日の朝、僕は元気のない声でつぶやいていた。

1年前のこの日、ギックリ腰をやってしまったことを思い出したからだ。「1日限定復帰戦」に向けて、いきなりハードな練習を行なったのがその原因と思われる。

そのトラウマから1年が経っても抜け出せないのだ。もちろん、無茶なことなどしなければ恐れる必要など何もない。だが、僕にまたしてもリングに上がるチャンスが巡ってきたのだった。

夏の昆虫イベントが無事、千秋楽を迎えた先月終わりのことである。
「ミヤマ☆仮面でやるってことですか?」
僕は電話の主に2度聞き返していた。

なんとミヤマ☆仮面として、試合をやって欲しいとのオファーが舞い込んできたのだった。昨年の11月に行なわれた僕の「1日限定復帰戦」は、素顔でのファイトであったが、今回はマスクを着けての試合ということになる。

思い起こせば昨年の「1日限定復帰戦」で、僕は会場のファンに向かって「完全復帰」を宣言した。1日限定での試合で終わってしまうのではあまりにも寂しいので、会場の空気も読み、思わず口に出してしまったのである。夏が終わった時のあの寂しさに似たような感情が僕を襲い、必ずまたリングに戻ってきたいと本気で願っての発言でもあった。

しかし、冷静になって考えてみるとギックリ腰をやった後遺症は半年近くにも及び、さすがに年齢を感じずにはいられなかった。
「やっぱりアラフォーには厳しいよね……」
それからはプロレスでの試合など想定せず、ミヤマ☆仮面のステージショー用の肉体作りとして、春からダイエットにトライし、夏のイベント中は78キロをキープしていた。

ゴリラマッチョから細マッチョへと変身を遂げたミヤマ☆仮面ボディの評判はイベント会場でも上々であった。イベントではキレの良い動きが要求される『昆虫体操』も行なうだけに、絞った体は実用面でも都合が良かったのだ。

そんな矢先のまさかのプロレスへのオファーだった。
「即答できませんので、2~3日だけ時間を下さい」
他のイベントとは違い、プロレスの試合とあって、僕は即答するのを避けた。

まず体重からしてレスラー仕様ではないし、コンディション作りのトレーニングは欠かさずやっていたものの本格的な練習だってやっていない。

今回のオファーは、初代タイガーマスクが主催している「リアルジャパン」という団体からだった。往年の名レスラーが数多くリングに上がっているのが特徴だ。長州力選手に藤波辰巳選手、グラン浜田選手、ウルティモドラゴン選手、ザ・グレート・サスケ選手とかなり豪華だ。

ここに現在のマット界でトップとして活躍しているプロレスリング・ノアの丸藤正道選手や大日本プロレスの関本大介選手までも今大会に加わるだけに注目度も高かった。

「う~ん……」
出場するかを悩んでいる時に、またもやあの男の顔が浮かんだ。桜庭和志選手である。

彼は、かつて急なオファーを受けて大ブレイクしたことがあった。1997年、UFCが初めて日本で興行を行なった時の話だ。日本人選手に欠員が出たため、UFCサイドから急な出場要請があった。

当時キングダムに所属していた僕たちにそのオファーが舞い込んできたのだが、会社は金原弘光選手にまず打診した。実力的にもキャリア的にも一番申し分がなかったからだ。

「試合まで調整時間が足りないので僕はパスします」
総合格闘技の試合で、わずか1~2週間前のオファーでは、金原選手でなくとも誰もが断るであろう。

次に会社が声をかけたのが、桜庭選手であった。しかし、彼は何の躊躇もしないで二つ返事で引き受けたのである。かつ、強豪ひしめくUFCのトーナメントで、なんと優勝してしまったのだ。

「プロレスラーは本当に強いんです」
試合後、彼はこのセリフで多くのファンを熱狂させた。その後、『PRIDE』をはじめとする総合マットでの活躍は皆さんもよくご存知だと思う。

桜庭選手と全く引けをとらない実力者の金原選手だったが、その後の格闘技人生は明暗を分けた。人生に「タラレバ」はないが、この時、もし彼がオファーを受けていたら、また違った展開になっていたのでは、と思えてならない。

慎重なのは決して悪くはないし、準備しないで勝てるほど甘い世界ではない。しかし、「常在戦場」の心構えで、いつでも動けるというのは大切な事のように思う。そして、チャンスの女神に後ろ髪がないのも頭に入れておかなくてはならない。

9月21日、僕はミヤマ☆仮面として、後楽園ホールに立っていた。会場では特別に「ミヤマ☆仮面ちびっこ応援シート」が用意され、多くの子どもたちが、リング上のミヤマ☆仮面に声援を送ってくれたのだった。

「勝利のクワガタポーズでクワクワ~」
僕はプロレス界でも「森の大切さと昆虫の素晴らしさ」を普及させるべく、熱いファイトを展開し、見事勝利することができた。これからも僕は、どんなジャンルから急なオファーがあろうとも桜庭選手の精神を見習い、決して断ることはないだろう。

そんな桜庭選手も23日の新日本プロレス神戸大会で、久しぶりのプロレス復帰を行なった。彼の新日本マット参戦は16年ぶりだった。この先、ミヤマ☆仮面と桜庭選手の対決だってあるかもしれない。

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