img706316648e8da91f1658f二宮: オリンピック、パラリンピックのたびにいろいろなジャンルでイノベーションが起きています。食の分野においても、前回の1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは、選手村の大量の食糧を短時間で賄うために冷凍食品を開発し、世に流通させるきっかけとなりました。今度は辻口さんがスイーツの世界でイノベーションを起こし、世界をアッと言わせるものを作るんじゃないかと期待しているんです。

辻口: やはり素材ありきだと思っています。日本の穀物にはF1(一代雑種)という種があるんです。この種は、一度種を撒くと芽を出し、果実になる。収穫時の形や大きさは安定しているのですが、果実の中にある種を再度土に植えても、果実がならないんですね。それが、F1の種の特徴なんですね。我々はそういう種からなった穀物を食べているわけです。実の中の種を土に植えると、また同じように果実がなる。これは当たり前のことなんですが、多くの日本の穀物ではそうじゃないんです。

 

二宮: 昔、家の庭には柿がありまして、それを食べて、「早く芽を出せ柿の種」と言って蒔いていましたね。じゃあ、柿の木になるぞっていうのは間違いなんですね。

辻口: それは自然にあるものだからなるんですよ。たとえばトマトなどの種はならないんですよ。昔から原生林としてある原木のようなところになる実は、再び実になる。そういう種、素材だったらいいんですが、日本の農業で作られている穀物は、また植えても実はならないものが少なくないんです。

 

伊藤: では日本の穀物では芽も出ないんでしょうか?

辻口: 根や草は生えるかもしれないんですが、実は付かない。だからその種を今、オリンピック・パラリンピックに向けて開発しているんです。ちゃんと実がなる種でなった穀物を食べるべきだという説もあります。

 

伊藤: 特にアスリートの方々は、体が資本ですから、自分の体に入れるものはどう作られているかを、とても大事にされますもんね。

辻口: そうなんです。だからこれからの農業は、どんどん変わってくると思います。そういう素材にこだわったお菓子作りをこれからはしていきたいなと僕自身は思っています。

 

二宮: 素材を生かしたスイーツといいますか。

辻口: そうですね。だから、ちゃんと実のなる穀物でお菓子作りもできるのが理想ですね。

 

 引き算と足し算。食における和と洋の違い

 

二宮: 洋菓子と和菓子の基本的な違いは、洋菓子は膨らませるものが多く、シュークリームなどは空気を取り込んでいる。一方で、和菓子はわりと縮めるというか。空気を抜いて、凝縮させる。キュッとしているのが和菓子で、洋菓子はフワッと空気を取り込んで大きく見せる。これは発想が全く逆ですよね。和の文化と西洋の文化の違いにも通ずるような気がします。

 

辻口: 洋菓子と和菓子は、それぞれ同じ菓子というジャンルであっても、製法は全く異なります。当然、食べた時の触感も違いますね。たとえば料理においても、日本料理は引き算であり、洋食は足し算と言われます。特にフランス料理は足し算の料理ですね。たとえば灰汁そのものを、どんどん素材を足していきながら、旨味に変えていくという発想なんです。灰汁が厚みのあるソースに変わっていったりもする。逆に日本料理は灰汁を取り去って、味を極めていくので、そういう足し算と引き算の料理と表現されるんですね。ですから、料理もスイーツも非常に似たところがあるのかなと思います。削ぎ落としの文化は日本の文化ですから、そういうところにも通ずるのかなという感じはしますね。

 

二宮: なるほど。同じアジアでも中華料理はイメージとして、足し算に近いようなところがある気がしますね。和食とは違う。それを考えると同じアジアの中でも、日本は違うものを確立していますよね。

辻口: そうですね。日本は海に囲まれていて、とれたての素材があります。しかも水も美味しい。鮮度に対するこだわりが大きく、刺身などのナマモノも非常に美味しく調理しています。

 

伊藤: 確かにお寿司など日本の料理は新鮮でおいしいですね。

辻口: たとえば氷見のブリもそうですが、漁師が非常に優れているんです。獲ったブリを一瞬にして締めますよね。その締めるという工程をきちっと魚に施していきますから、寒ブリ、氷見のブリはブランドになれるわけです。そういう生産者のこだわり、または生産者から命のバトンを受けて調理する人のこだわりがある。それを凝縮していくのが日本料理のすごさだと思います。だから世界で日本料理がブームとなり、ひとつのムーブメントになってきている。それは本物だからなんです。

 

(第3回につづく)

 

辻口博啓(つじぐち・ひろのぶ)プロフィール>

1967年3月24日、石川県生まれ。世界大会で数々の優勝経験を持つ、世界的パティシエ。モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる12ブランドを展開している。NHK連続テレビ小説「まれ」では製菓指導を担当。食育や教育にも積極的に取り組み、専門学校やお菓子教室で校長を務め、後進の育成に力を注ぐ。自らが代表理事を務める一般社団法人日本スイーツ協会では「スイーツ検定」を実施し、「スイーツ育」を提唱。スイーツ文化の発展、向上に努めている。石川県や三重県の観光大使、金沢大学非常勤講師、産業能率大学客員教授を務める。


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