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(写真:UWF時代の同期・冨宅<右>とトーク対決を行なった)

「あまりにも痩せてたので、誰だかわからへんかった」

 控え室に入るなり、こう言って笑った関係者がいた。12月2日に大阪で開催したプロレス興行『ストロングスタイルヒストリー』でのことだ。僕は現在、67kgしかないのだから、現役の時しか知らない者だと当然の反応だ。決して悪気があって言ったわけではないと思う。しかし、その言葉が何度も繰り返されたので、さすがに観客の前に出る時は身体を隠すウインドブレーカーを着ることにした。検査前だったこともあるが、こう見えてもメンタル面は繊細なのである。

 

 今大会は、パーキンソン病で苦しんでいるマサ斉藤さんを励ますための興行なのだが、僕の役目はオープニングで会場を盛り上げること。言わば大会の応援団長的な役割だ。UWF時代の同期である冨宅飛駆選手と10分間のトーク対決という試みであったが、この短い時間でどうまとめるか随分と悩んだ。

 

 じっくり聴かせるトークイベントと違うだけにその構成は難しい。

「もし、途中で(盛り上げるのが)苦しくなったら、終わりのゴングを要請すればギブアップもありだからね」

 

 リングアナの田中ケロさんは、僕のことを優しくフォローしてくれた。

 昭和プロレスのファンのひとりとして、ケロさんにリングコールしてもらえるだけでも嬉しいのにこの心遣いにウルウルした。

 

 本番での僕は、イベントの前説でお客さんに声を出させるような工夫をし、自分への声援を要請してみたり、手拍子をお願いするなど会場が暖まるよう努めた。途中、ミヤマ☆仮面のマスクを被っての「シコ踏みダンス」まで披露したので、少しは会場がほぐれたのではと思っている。この大役を果たすことができたのは、地元大阪出身の冨宅選手の存在が大きかった。見かけ以上に冨宅選手は頼れる男である。同期の絆が健在で嬉しかった。

 

 さて、第1試合は、第一次UWFに在籍していた森泰樹さんが、総合格闘家として名をはせている勝村周一郎選手相手に玄人も唸る緊張感のあるグラウンドレスリングを展開した。この試合を見ていた新間寿氏も「すばらしい」と大絶賛だった。今の時代に逆行するような地味なグランドの攻防だったが、これが新鮮で良かった。

 

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(写真:12月2日の興行を武藤をはじめ、高山善広や大谷晋二郎が盛り上げた)

 主催者の上井文彦さんしかできないこのマッチメイクに新団体「ストロングスタイルヒストリー」の独自性が浮き彫りとなっているように見えた。出場選手だけでなく、レフェリーやカメラマンに至るまで、マット界で不遇だった選手を起用しているところも上井さんの意図するところだ。僕を含め、負け組にスポットライトを当て、再生させようという狙いがあるのかもしれない。「苦労している人間に少しでも報いてあげたい」。こんな思いを抱いている上井さん自身も決して恵まれている環境にいるわけではない。今回、8年ぶりに興行を行なうこととなったのは、業界の功労者であるマサ斉藤氏のことをみんなが放置しているからだ。

 

「元気になってもらうためにもマサさんをリングに上げたい」。上井さんのこの言葉通り、レスラーにとっての一番のパワースポットは間違いなくリングだ。

 

 しかし、重いパーキンソン病を患っているマサさんの状態を考えると不安も大きかったと推察する。「車椅子から降りて、リング上で立っていられるのだろうか?」。選手や関係者の共通した思いだった。

 

 メイン終了後に登場したマサさんは、マイクを握って、会場の皆さんに挨拶を行なった。だが、マサさんが置かれている厳しい現状が痛いほど伝わってきた。

 

 観客が、固唾を飲んでマサさんの言葉に耳を傾けていたその時、ガスパーの仮面を被った謎の男が襲い掛かるというハプニングが起こった。80年代に旋風を巻き起こした海賊男の演出なのだが、正直マサさんの身体のことが心配で関係者もヒヤヒヤして見ていた。

 

 防戦一方のマサさんのセコンドについていた大谷晋二郎選手や金本浩二選手らは、一切手を出さず辛抱強く見守っていた。これは、マサさんのことを余程信じていないとできない。

 

 観客も進まない展開にシビレを切らすことなく、会場全体が愛に満ち溢れた素晴らしい空気感に包まれていた。

「さすがにもうこれ以上は厳しいだろう」

 

 諦めかけたその時、奇跡が起きた! なんとマサさんは、ゆっくりと立ち上がり、ガスパーにパンチを見舞ったのだ。それだけではない。コーナーへ逃げ惑う相手を追いかけ、ストンピングまで披露したのだから、会場は大盛り上がりだった。

 

「凄すぎる!」。見守っていた関係者も腰を抜かすほど驚いていた。想定外のことが目の前で繰り広げられていたのだから、僕も涙をこらえることはできなかった。

 

 ガスパーの正体が、武藤敬司選手だったという演出もまた泣かせた。

「プロレス最高!」。この時ほどプロレスのことをリスペクトした瞬間はない。

 

 プロレスの持つ、底知れぬ力を新たに発見した僕は、これから自分がやるべき目標がはっきりと見えた気がする。

「レスラーはリング上でトークやダンスをするのではなく、闘うべきだ」

 

 たとえ、みんなに笑われるような細い身体であっても隠すことなくすべてをさらけ出し、全身全霊で闘うのがプロレスラー魂なのだと思う。

「よし、2017年は森のプロレスで生き様をみせていく!」

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)


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