第104回 Qちゃんが見抜いた“末恐ろしさ”(安藤友香)

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「忍者走り」とは言い得て妙だ。両腕を垂らし、上半身をほとんど使わないフォームで42.195キロを走り切った。

 

 

 たたき出したタイムは日本歴代4位の2時間21分36秒。3年後に迫った東京五輪の代表候補に名乗りをあげた。

 

 いささか旧聞に属する話だが、さる3月12日に行なわれた名古屋ウィメンズマラソンで新星が出現した。安藤友香、23歳。一般参加ながらリオデジャネイロ五輪銀メダリストのユニス・ジェプキルイ・キルワ(バーレーン)に次いでゴールし、今夏、ロンドンで行なわれる世界選手権への出場を決めた。

 

 それにしても珍しいフォームだ。上下動の少ないフォームは、“省エネ”には適しているかもしれない。その一方でリズムは掴みにくいのではないか。

 

 思い出すのはアテネ五輪代表選考会を兼ねた2003年11月の東京国際女子マラソンだ。五輪連覇を狙う高橋尚子は30キロ過ぎから失速。2時間27分21秒という凡庸なタイムに終わり、出場権を逃した。

 

 走りのバランスが悪いことに気付いた佐倉アスリート倶楽部代表の小出義雄は、沿道から「Qちゃん、腕を振れ」と声を枯らした。腕振りによって推進力を取り戻そうとしたのだろう。

 

 しかし、レース中に崩れたフォームを修正することは困難だった。小出は「こんなQちゃん、見たことない」と言って表情を曇らせたものだ。

 

 その高橋が安藤の忍者走りを「マラソンの完成形」と評したのには驚いた。天才は天才を知るということか。

 

 安藤本人によると、「はじめは皆さんのような走り方をしていた」。つまり普通のフォームだったのだ。だが、上半身がうまく使えない。試行錯誤していくうちに、今のユニークなフォームができあがったというのである。

 

「まだ未完成です。自分の力をいかに効率よく発揮できるか。それをもっともっと追求していきたい」

 

 ユニークなフォームばかりに注目が集まる安藤だが、初マラソンでの堂々とした走りは彼女の精神面の強さを浮き彫りにした。

 

「素直で負けん気が強い」とは14年から安藤を指導する里内正幸コーチ。「常に前を向いてやれるのが彼女の長所。1回へこんだとしても、もう1度頑張れる」

 

 かつて女子マラソンは日本のお家芸だった。1992年バルセロナ五輪では有森裕子が銀メダルを胸に飾った。続く96年アトランタ大会もスポットライトを浴びたのは有森だった。銅メダル獲得直後に口にした「自分で自分をほめてあげたい」は流行語にもなった。

 

 そして2000年シドニー大会では高橋が日本陸上界悲願の金メダル。併せて国民栄誉賞も受賞した。04年アテネ大会では野口みずきが独走した。

 

 ここまでがピークだった。08年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロと3大会連続で入賞者なし。アフリカ勢の後塵を拝し続けている。「(安藤は)末恐ろしい選手」。同郷(岐阜県)の先輩・高橋の見立てを信じたい。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2017年4月30日号に掲載されたものです>

 

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