奇妙な記者会見だった。
ホームで豪州に2対0と完勝し、6大会連続となるワールドカップ(W杯)出場を決めたにもかかわらずバヒド・ハリルホジッチ監督の表情は強張っていた。

「実は私には、プライベートで大きな問題があった。皆さんはご存知ないと思うが、その問題のことで私は、この試合の前に帰国しようと思った。サッカーとは関係ないが、それくらい大きな問題だった。
しかし、応援してくれる皆さんへの責任もあるので、批判が始まったときにも、私はより力強くやってきた。それが私の性格だ」
9月6日(日本時間)サウジアラビア戦を最後に辞任するのではないか、との観測が広がった。
ところが翌日の記者会見では一転、続投を明言した。
「ロシアW杯にはツーリストとして行きたくはない。まだまだ成功を収めるには改善点がある」
毀誉褒貶の激しい人物である。その背景には、日本のメディアに対する不信感があるようだ。
それは豪州戦後の「ジャーナリストの皆さん。もしかしたら全員ではないかもしれないが、私が早くここ(日本代表)から出ていかないかと望んでいる方々もいらっしゃるかもしれない」とのコメントからも明らかだ。
思い出すのは2002年の日韓W杯で日本代表を率いたフィリップ・トルシエだ。解任騒動の最中、自宅前に張り込んでいた記者のポケットに1万円をねじ込み、「これでコーヒーでも飲んで帰れ」とやったのだ。
トルシエとハリルホジッチには共通点がある。トルシエはコートジボワール、ナイジェリア、ブルキナファソ、南アフリカ。ハリルホジッチもコートジボワール、アルジェリアとアフリカの代表チームで指揮を執った経験がある。
トルシエによるとアフリカの国々は契約が杜撰で、「自分の身は自分で守るしかない」と身構えるようになったというのだ。解任騒動に敏感なところはハリルホジッチもそっくりだ。
もちろん二人には長所もある。ややもすると独善的に映るが絶対に信念を曲げない。
トルシエが「フラット3」ならハリルホジッチは「タテへの速攻」、そして「デュエル」(決闘)だ。
豪州戦では抜群のスピードを持つ22歳のFW浅野拓磨が先制点をあげ、豊富な運動量を誇る21歳のMF井手口陽介がダメを押した。世代交代への手応えを掴んだはずだ。
メディアとの摩擦熱を揚力に変える手腕は、大したものである。
<この原稿は『漫画ゴラク』2017年9月29日号に掲載されたものです>
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