――私たち日本人の大半、パーセンテージになおすと、おそらく99.9%以上の人がジャンプ未経験者です。空と飛んでいる時の感覚とは、いったいどんなものなんでしょう。

 

<この原稿は1998年3月号『月刊現代』(講談社)に掲載されたものです>

 

秋元 まず踏み切った瞬間というのは意識がないんです。体が空中に投げ出され、スキーが(風を受けて)パーンと上がった時に意識が戻るんです。空中に投げ出されてからは、いかに空気の層に入るかが勝負です。不思議なことに、空気と空気の間の層に体が入ると、ピタッと止まって全く動かない。

 

 そんな時は“行け行け!”と心の中で叫んでいます。体が止まるという感覚があるのは空気抵抗をあまり受けていないことの表れですから、距離が出ているんです。

 

――で、着地の前は?

 

秋元 だんだん赤い壁が近づいてくるんです。

 

――赤い壁って?

 

秋元 レッドライン(K点のライン)がどんどん迫ってくるんです。こっちはそれに向かって上から落ちていくわけですから、壁にぶつかるようなイメージなんです。壁に向かって走っているとでも言えばいいのかな……。

 

――着地の時には、その壁をぶち破ろうという意識が働くわけですか?

 

秋元 ぶち破るというより、その壁、つまり地面にどうやってうまく立ってやろうかと考えますね。相手は壁ですから、“ぶつかるぞ”と思うと、どうしても腰を引きがちになってしまうんです。これだと重心が後ろにいき、距離を損してしまう。いい着地をするには早く立とうとしないことですね。

 

 でも、成功か失敗か、すべてを決めるのはやはりテイクオフです。ジャンプの命といってもいいくらいです。他のポイントは修正できますがテイクオフに失敗してしまうと、よほどいい風にでも助けられない限り、そのミスを取り返すのは不可能だと思います。

 

――つまり、いいテイクオフをするために、助走路の滑りも大切だということになりますね。

 

秋元 まったくそのとおりです。いいテイクオフをするための条件として助走路でいい滑りをすることが不可欠なんです。普通に考えれば、助走路は速ければ速いほどいい。そのスピードをうまくテイクオフに持ち込めば、より遠くへ飛べるわけですから。

 

 しかし、普通の選手が82、83キロで滑るところを、ワールドカップで戦っているような選手は80キロで滑っていると思います。そのスピードでもラージヒルなら120メートル近く飛ぶことができるんじゃないでしょうか。つまり、それだけ選手の技術に差があるということなんです。

 

――ちょっと待って下さい。ワールドクラスはなぜ助走路で目いっぱいスピードを出さないんですか。

 

秋元 もちろん速い方がいいですよ。でもジャンプは自然が相手ですからね、新雪なんか降ると、途端に滑りが重くなってしまうんです。アールの抜けが重くなる。逆に晴れた日だと雪の結晶が溶け、アールの抜けが速くなる。アプローチの体勢からスッと踏み切りまで持っていけるんです。

 

 このように雪質が異なるたびにテイクオフにまで影響を受け、微妙にタイミングを狂わされていたら勝負になりません。そこで世界の一流は助走路のスピードをある程度、一定に保つだけのコツを持っているんです。今回のワールドカップを見ていたら、予選の3本のうち1本でも失敗したら本選に出られないような状況でしょう。だからよけいにミスが許されないのです。しかも、競技委員長は大体の飛距離をK点(ノーマルヒル90メートル、ラージヒル120メートル)から10メートル以内に抑えようと助走路の状態を調整します。そこには“飛び過ぎないように”との配慮が働いているわけです。

 

 そうしたことから、いかに遅いスピードで遠くへ飛べるかが勝負のポイントになってきた。スピードを出せば飛べるのは当たり前で、出せなくても遠くへ飛べないとワールドカップやオリンピックでは勝てません。V字になってからますますその傾向は強くなってきていますね。

 

 自分の影が見える

 

――助走路ではジャンパーはどこを見ているのでしょう。常に何かを目で追いかけているような気がするのですが……。

 

秋元 これは2通りあると思います。ひとつはスキーの2メートルくらい先を見ている選手。僕がそうでした。もうひとつはセンター(シャンツェの最先端部分)を見ている選手。つまり追っかけていくタイプと、(踏み切りが)迫ってくる方がいいというタイプのふたつに分かれると思うんです。これについてはどちらがいいのかよくわかりませんね。

 

――ところでセンターはどのようにして確かめるのですか。

 

秋元 笹や松が目印として置かれているんです。これの50センチ手前で踏み切ることができればまずまずのテイクオフと考えることができます。(踏み切りは)センターに近ければ近いほどいいんです。

 

――よく選手同士が体を支えあって、テイクオフ、空中から着地にいたる一連の動作を確認し合っていますが、あれはシミュレーションの一種と考えていいんでしょうか?

 

秋元 そうです。今はシミュレーションと呼んでいますが、僕たちの頃は、“カラサッツ”と呼んでいました。カラは空気の空(カラ)。サッツはドイツ語でテイクオフのことです。スキーをはかずに飛ぶイメージを頭の中で構築しているわけです。

 

 最近、メンタル・トレーニングの重要性が言われるようになりましたが、僕が札幌のワールドカップで優勝した時は、飛ぶ前に初夢だと称して「表彰台の両端に外国人、真ん中には僕が立っている夢を見た」と公言しました。本当は見てないんだけど(笑)。

 

――流行りの言葉でいえば“デジャブー”をでっちあげたわけですね。

 

秋元 そうです。でも、そう信じ切ることによって、「自分は勝って当然だ」と思うようになりました。時にはこういう意図的な思い込みも必要なんじゃないでしょうか。

 

(後編につづく)


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