第283回 切り札の“1枚目” ~ホルヘ・ヒラノVol.18~

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 1985年6月23日、ワールドカップ南米予選のペルー代表対アルゼンチン代表の試合は、お互いの様子を窺うように、ゆっくりとした調子で始まった。

 

 やや前掛かりなのはホームのペルー代表だった。アルゼンチン代表のディフェンダー、ダニエル・パサレラのハンドでフリーキックを獲得。ペルー代表のセサル・クエトスが左足で前にボールを出し、ヘロニモ・バルバディージョとのワンツーの後、オーバーラップした右サイドバックのレオ・ロハスにボールが渡った。ロハスのクロスボールはアルゼンチン代表選手に当たり、ボールは前に蹴り出された。

 

 そこに待っていたのはディエゴ・アルマンド・マラドーナである。アルゼンチンの王様、マラドーナのファーストタッチである。マラドーナはボールを受けた瞬間、背中を押されてルーチョ・レイナに倒された。試合開始1分だった。

 

 宣戦布告のファウル

 

 このファウルは、この試合でお前にはプレーはさせないという、ルーチョ・レイナの宣戦布告だった。

 

 背番号10、キャプテンマークを腕に巻いたマラドーナは、真ん中、右、左へとポジションを変える。ペルー代表17番のルーチョ・レイナは両腕を触角のようにマラドーナの身体に当てて距離を確認しながら、付いていく。

 

 開始5分、ディフェンダーからのボールをマラドーナがセンターライン付近で受けた。レイナは背中を押して、ボールコントロールを乱した。ファウルと判定されると、マラドーナはすぐにボールを置いて、すばやく左足でホルヘ・バルダーノに正確なパスを出した。バルダーノからパスクッリへのスルーパスが通る。パスクッリにペルー代表のレオ・ロハスが身体をぶつけてボールを奪った。

 

 マラドーナに隙を与えると、得点に繋がるパスを出すことを、ルーチョ・レイナは思い知った。

 

 その直後である——。

 

 右サイドバック、レオ・ロハスがボールを前に蹴り込んだ。そのボールをダニエル・パサレラがタッチライン外にクリア。ペルー代表のスローインとなった。レオ・ロハスが投げたボールは両チームがもみ合い、ルーチョ・レイナの頭上に飛んだ。

 

 そこにルーチョ・レイナがいたのは、横にマラドーナがいたからだ。

 

 ルーチョ・レイナは身体を捻って、ボールを頭で強く弾いた。ふんわりと浮かんだボールが落ちたところをフランコ・ナバーロが拾い、、ディフェンダーを切り返しで抜いて左足でシュート。アルゼンチン代表のフィジョルがボールを足で弾く。跳ね返ったボールは、ペルー代表ミッドフィールダー、ホセ・ベラスケスの前に転がった。ベラスケスのミドルシュートをフィジョルは今度は手で防ぐが、その浮き球がフワン・カルロス・オルビータスの前に飛んだ。オルビータスは左足で丁寧にゴールに蹴り込んだ。

 

 その瞬間、観客は立ち上がり、大歓声を上げた。背番号11番、オルビータスの得点である。

 

 先制されたことで、アルゼンチン代表が攻勢に入り、ボールを繋ぎ始めた。

 

 中心はマラドーナである。アルゼンチン代表の選手がボールを持つとマラドーナを見る。その背後にルーチョ・レイナがいる。パスが出ると先を読み、インターセプトする。

 

 激しくも静かな戦い

 

 マラドーナが動き出しボールを受けようとするとルーチョ・レイナは腕を掴んで、バランスを崩させた。足元でボールを受けるとスライディング。マラドーナは交わしたが、他の選手が取り囲み、ファウルで止める。

 

 マラドーナが自由になるのは、セットプレーのみである。

 

 前半16分過ぎ、マラドーナの蹴ったコーナーキックはブルチャガの前に飛んだ。これはキーパーが抑える。このとき、ルーチョ・レイナはマラドーナのそばで待っており、彼がボールを蹴った瞬間に再び身体を寄せた。

 

 マラドーナがワンツーで抜けだそうとすると、ルーチョ・レイナは進路を塞いで倒す。

 

 ルーチョ・レイナの守備で特筆すべきだったことは、マラドーナが得意とする距離でフリーキックを与えるファウルを犯さなかったことだ。

 

 しかし、前半22分、別の選手が侵したファウルでフリーキックが与えられる。キッカーはマラドーナである。マラドーナが左足を振り抜く前にペルー代表の選手たちの作った壁が前に崩れ、ボールを弾いた。ここはペルー代表のホームである。多少の目こぼしファウルことをみな理解しているのだ。

 

 やがて、自分たちのペースが握れないことにアルゼンチン代表の選手たち、特にダニエル・パサレラは苛立ち、プレーが荒くなった。しかし、マラドーナは怒りを露わにすることはなかった。ルーチョ・レイナとは会話もなく、目もほとんど合わせない。二人は激しくも静かに戦っていた。

 

 後にマラドーナはインタビューでこう答えている。

「レイナのマークには苦しんだ。誰も覚えているあの試合だ。本当にすごかった。ずっと俺に付いてきて、息もできないぐらいだった」

 

 試合の趨勢をホルヘ・ヒラノはベンチでじっと観ていた。監督のロベルト・チャーレスファウルゼンチン戦の切り札を2枚用意していた。1枚はマラドーナを消すルーチョ・レイナ。もう1枚がヒラノだった。

 

(つづく)

 

田崎健太(たざき・けんた)

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。最新刊は、「横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか」(カンゼン)

代表を務める(株)カニジルは、鳥取大学医学部附属病院一階でカニジルブックストアを運営。とりだい病院広報誌「カニジル」、千船病院広報誌「虹くじら」、近畿大学附属病院がんセンター広報誌「梅☆」編集長。

 

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