智弁和歌山優勝とルール改正に思うこと

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 8月5日から22日にかけて行なわれた第108回全国高等学校野球選手権大会は、智弁和歌山が5年ぶり4度目の優勝を飾りました。私の地元・和歌山の優勝。県予選は5試合中3試合が2点差以内と苦戦しましたが、甲子園ではノビノビやっていたように映りました。

 

 中谷仁監督は阪神と東北楽天でプレーした元捕手です。キャッチャー出身の監督らしく継投を駆使して頂点に駆け上がりました。厳しい暑さに耐えうるため、ピッチャー3、4枚揃えた。それぞれの状態を見ながら起用し、それに選手たちが応えたかたちです。

 

 準決勝はプロ注目の織田翔希投手擁する横浜(神奈川)に打ち勝ちました。試合前には150km超をコンスタントに投げる織田投手対策として、球速170kmを超えるバッティングマシンで練習したと聞きます。マシンと生きた球は違いますが、ビジョン・トレーニング、スピードへ慣れる効果があったのでしょう。

 

 織田投手は智弁和歌山を意識し過ぎたのか、疲れが出ていたのかコントロールが若干甘かった。打ちそうな雰囲気を智弁和歌山打線が醸し出したことで、プレッシャーがかかったのだと思います。

 

 決勝の健大高崎(群馬)戦は8回表に一時は逆転を許しましたが、その裏に再逆転しました。デッドボールで先頭バッターを出した相手の隙に付け入った印象です。僅差の試合はひとつのミスが命取りとなる。最後はワイルドピッチで勝ち越し点を奪いました。

 

 勝ち越し点を奪う直前の同点スクイズが効果的でした。初球、スクイズを敢行し、ファウルになったものの、2球目できっちり決めました。健大高崎が左投手だったことも大きかったでしょう。三塁走者の牽制は滅多にしない。その点も中谷監督が続けてスクイズを指示した理由なのかなと思います。

 

 中谷監督は5年ぶり2度目の優勝です。今大会は中谷監督のほか、東海大甲府(山梨)の仲沢広基監督(元巨人)、佐野日大(栃木)の麦倉洋一監督(元阪神)の3人がNPB出身者です。一概に良し悪しは語れませんが、どの監督にしても選手たちを導いていくことが大事です。

 

何を守るか

 私の古巣、セガサミー野球部のグラウンドがある東京都八王子市の八王子実践(西東京)を影ながら応援していました。河本ロバート監督はアメリカのマイナーリーグのほか、日本の独立リーグ、台湾のプロ野球でもプレーしました。四国アイランドリーグPlusの徳島インディゴソックスでプレーしている時に見ましたが、良い選手でした。

 

 今大会はリプレイ検証(リクエスト制度)が導入されましたが、7回制が議論されているようですが、私個人は中学生までは7回制でもいいと思う。ある程度、体ができてきている高校生は9回制のままでいいと考えています。やはり8、9回にドラマが生まれる。先発が7回完投と言われも、しっくりこない。応援団は暑い中、応援は大変かと思いますが、今大会もあった試合開始時間の変更で工夫していただきたいです。

 

 元巨人の桑田真澄がTVで「何を守るかという視点が大事」と言っていましたが、私も同意見です。9回制を守るために何ができるかを考えるべきだと思います。甲子園球場にこだわるのなら、大会日程を延ばし、1日の試合数、試合開始時間をコントロールすればいいと思っています。

 

 プロ野球に目を移すと、千葉ロッテの益田直也投手が通算250セーブを達成しました。現在の名球会入りの条件をクリアしました。250セーブという条件に関しては、議論になっていますが、セーブ数はチームの勝利数も関わってくる。もちろん素晴らしい数字ではありますが、もう少し厳しい条件、例えば300セーブ以上にしてもいいのかなと思います。

 

 あとは100勝100セーブの投手を評価して欲しい。大野豊さん(148勝138セーブ)や佐々岡真二(138勝106セーブ)は名球界入りしていいない。先発で100勝、抑えで100セーブはもっと評価されていい立派な数字です。個人的にはセーブ機会で500試合登板という基準があってもいいのではないでしょうか。

 

 MLBのロサンゼルス・ドジャースでプレーする大谷翔平選手は日米通算で1500本近い安打を放っていますが、名球会入りの条件を満たせないかもしれない。おそらくアメリカの野球殿堂入りは、いずれするでしょう。日米通算200勝も同2000本安打に届かなかったとしても、彼は現時点で“スーパー名球会”入りしている選手と言っていいと思います。

 

 最後に社会人の都市対抗野球が開催中です。セガサミーはチームでの出場はなりませんでしたが、補強選手として8人が参加しています。既に敗退したチームもありますが、勝ち残っているチームの応援を、ぜひよろしくお願いいたします!

 

<このコーナーは毎月1日更新です>

 

西田真二(にしだ・しんじ)プロフィール>
1960年8月3日、和歌山県出身。小学3年で野球を始める。PL学園高、法政大学を経て、83年にドラフト1位で広島カープに入団。高校時代は78年夏にエース&4番として甲子園優勝に貢献した。大学時代は5度のベストナインに輝くなど、3度のリーグ優勝に導いた。プロ入り後は左投げ左打ちの外野手として、91年のセ・リーグ優勝に貢献するなどカープ一筋13年で現役を終えた。現役引退後は野球解説者を経て、カープ、四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛、香川などで後進を育成。20年より6年間、セガサミー野球部の監督を務め、都市対抗野球大会4度、社会人野球日本選手権大会に2度出場に導いた。26年からは野球解説者に復帰。同年4月から四国アイランドリーグplus香川の球団アドバイザーに就任した。

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