二宮: さて、今後は東京五輪・パラリンピックの招致活動も正念場を迎えるわけですが、その前に気になるのが日本の体制です。例えば、ナショナルトレーニングセンター(NTC)の問題。未だにパラリンピックの強化指定選手が使用するには、肩身の狭い思いをしています。

河野: NTCの問題解決には、2つ方法があります。1つは、パラリンピック選手に特化した専用のセンターを作ること。もう1つは、五輪選手との共生です。現在のNTCは、その"共生"を想定せずにつくってしまったことが、問題となっているのです。

 

伊藤: 世界ではパラリンピックも五輪同様に、エリート化してきていると言われています。つまり、国を挙げて取り組まなければ、メダルを獲得することはできない時代となっています。ひと昔前なら五輪だけを考えてつくられても仕方ないかもしれませんが、日本のNTCができたのは、2008年とごく最近のこと。なぜ、パラリンピックのことも考慮しなかったのでしょうか。

 

二宮: 1988年ソウル大会からパラリンピックは、オリンピックと同じ会場で行なわれるようになり、2000年シドニー大会からはそれが義務化されました。こうした時代背景を考えても、NTCは障害をもつ選手たちにも考慮してつくられることが自然の流れだったのではないでしょうか。

河野: 確かにそうですよね。ただ、日本の構造としては難しい部分があるのです。というのも、ご存知の通り、五輪は文部科学省、パラリンピックは厚生労働省と、管轄が異なります。NTCは文科省の予算でつくられた建物ですから、パラリンピックのことまでは考えていなかったのでしょう。

 

二宮: 結局は、管轄の違いがネックになる。そこを解消しない限りは、この問題はなかなか解決できませんね。

 

 "共生"への大きな一歩

 

河野: しかし、今は少しずつ改善されてきていることも確かです。NTCの運営委員会に公益財団法人日本障害者スポーツ協会常務理事の吉田秀博さんが加わって、どのようにすればパラリンピックを目指す選手たちもNTCを使用できるかを一緒に考えています。例えば、今回のロンドン大会に向けては日本水泳連盟と日本障害者スポーツ協会にパラリンピックの競泳選手たちにも使用できるかどうかを現場レベルで確認してもらい、大丈夫ということだったので、パラリンピック前にはNTCのプールで練習してもらうことができました。他には視覚障害者柔道や車いすテニスの選手にも使用してもらいました。

 

二宮: 視覚障害の女子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した秋山里奈さんが、NTCでロンドンの会場と同じタッチ板で練習することができたからこそ、本番でも力を発揮することができたと言っていました。

伊藤: NTCの運営委員会に障害者スポーツの関係者も加わったということが、これまでとは違う、大きな一歩だったのではないでしょうか。

河野: こういうことは、偶然を待っていては何も生み出されません。内部の方から意図的にどんどん動いていかないと、変わらないのです。

 

 スポーツに線引きは不要!

 

二宮: ただ、障害者スポーツの難しさは、福祉やリハビリという面と、エリート化した競技としての面との線引きです。

河野: そうですね。たとえスポーツ庁をつくったとしても、その点が大きな課題となることは避けられません。それが管轄の問題にもなっているのだと思います。しかし、私見を述べさせてもらえば、そこに線はないと思うのです。

 

二宮: 同じスポーツに線を引いてどうするんだと?

河野: はい。もちろんレベルが高い、低いというのはありますが。結局は、予算の引っ張り合いをしているだけなのですよね。

 

二宮: 要するに権限と予算の狭間で、スポーツはまた裂き状態にあるわけですね。

河野: ですから、やはりスポーツ庁は必要なのです。2020年の五輪・パラリンピックが東京で行なわれることが決定すれば、スポーツ庁設立への動きが本格化するのではないかと期待しています。

 

(おわり)

 

河野一郎(こうの・いちろう)プロフィール>

1946年11月6日、東京都生まれ。医学博士。国立大学法人筑波大学学長特別補佐・特命教授。1996年ラグビーワールドカップでの日本ラグビー協会の強化推進本部長として日本代表の団長、1988年ソウルオリンピックから2008年北京オリンピックまで日本選手団の本部ドクター、本部役員などを歴任。2016年東京五輪招致委員会事務総長などを経て、2011年10月に独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長に就任した。日本スポーツ界の医・科学・情報の中心的役割を担っている。

日本スポーツ振興センター http://www.naash.go.jp/


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