障がい者の存在を抜きにして、テクノロジーの進歩の歴史を語ることはできない。たとえば電話。これを1876年に特許出願したアレクサンダー・グラハム・ベルは、今も音量の単位を示すデシベルに、その名を残している。

 

 聴覚障がい者の母と妻を持つベルは、音声学を研究し、それが電話の発明を生む。ベルはそれによって得られた資金を聴覚障がい者の自立支援事業にあて、補聴器の開発につなげた。

 

 続いてタイプライター。誰が発明したかについては諸説あるが、有力視されているのがイタリアのエンジニア、ペッレグリーノ・トゥーリ。視覚障がい者の友人にカロリーナという伯爵夫人がいた。伯爵夫人は手紙を書きたがっており、そこで思いついたのがキーボード式のタイプライターだったという。1808年の話。

 

 若い頃、私も一時期、このギアには随分お世話になった。上ブタを親指で弾いた瞬間、「チンッ」という乾いた金属音が鳴るのだ。「シュボッ」という着火音にも魅せられた。そう、Zippo社製のライターである。

 

 これは第一次世界大戦で手を失い、マッチがすれなくなった兵士のために開発された製品だと言われている。親指1本で操作できるわけだから、戦場では随分、重宝がられたようだ。

 

 来年11月に開幕する東京デフリンピック。最大の懸念事項は手話通訳者の不足である。音声言語に日本語、英語、仏語などがあるように、手話にも日本手話、米国手話、仏手話などがある。仮に日本人選手がフランス人選手にコミュニケーションを取ろうとする場合、仏手話から国際手話、国際手話から日本手話へと変換しなければならない。

 

 ところが、昨年2月に大会を運営する全日本ろうあ連盟が国際手話通訳者を募集したところ、わずか7人しか集まらなかった。果たして、これで円滑な運営ができるのだろうか。

 

 そこで代替策として注目されているのが、課題解決型の新テクノロジーである。たとえば「見える補聴器」。特殊な眼鏡をかけると音声が自動的に活字化され、映画の字幕のようにレンズに映るのだ。

 

 当然のことながら、こうした新製品の恩恵は聴覚障がい者だけでなく、耳が遠くなった高齢者にも及ぶ。

 

 人は誰でも老いる。いつまでも、今のままでいられるわけがない。デフリンピックを媒体にしての技術革新には、もっと多くの関心が寄せられていいはずだ。

 

 東京大会のコンセプトのひとつが「情報のバリアフリー」。電話やタイプライターに匹敵するような社会益に資するテクノロジーの誕生に期待したい。

 

<この原稿は24年4月24日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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