2月になり、健康を取り戻した私は、慎重に、身体と相談しながら、スポーツを始めました。

 

 まず、スキー女子会にどきどきしながら初めて参加。

 難しい斜面に挑む20代の頃の気持ちが心の底から蘇ってきます。その頃の感覚も映像も。しかし、それはいけません。“そんなことをするなら行ってはいけない”と禁じました。行きの新幹線、途中休憩でのビールも封じます。ファミリーゲレンデで、慣らしながらゆっくり、と。出発までの準備も入念に。前日にパッキングも済ませて、禁酒。そして早寝で睡眠時間を確保。「大谷翔平みたい」などと言いながら、10時間睡眠をとりました。

 

 明けて当日。すっきり目覚め、体調がいい。そこで、さらに自らを戒めます。“骨折などしたら、大変なことになるぞ”と。とにかく、無事に帰宅することをイメージするよう自身に命じました。

 さあ、30数年ぶりの真っ白なゲレンデに到着。「わ~っ! ついに来たんだ」。わくわくするとその時、「思いっきりやったらいいじゃん」と、私の中の悪魔が囁いた。悪魔の誘いに乗りかけたところで、ふと我に返り、振り払いました。

 

 そして、ゆっくり、感覚を思い出すように1日を過ごしました。

 

 帰宅し、「ふ~。これも年相応、なのかな?」と、少し苦笑い。つまりあまり充足感がなかったのかも知れません。スキーはもうこれでいいかな……。

 

 数日後、このことを、あるパラアスリートに話しました。

「伊藤さん、どこか不自然ですか? 何か不満ですか?」

 ちょっぴりカッコ悪い笑い話のつもりの私は、そう問われてハッとしました。私にとって、不自然で不満いっぱいの出来事と認識していたことに気づいたのです。

 

 彼は言いました。

「私は、怪我をして車椅子を使用するようになってから、日常の小さなことも含めていつも同じように準備していますよ。“できない”と思えるようなことばかりの中で、少しでもできることを増やすために、今の自分の心身をベストに調整して臨むよう心がけています。ちょっと大げさかな? でも、そうすることで、アイディアや工夫が生まれてくる気がする。そしてやれることが増えていくんです」

 

 突然、心持ちが変わります。あの日のことを捉え直してみました。

“そういえば、わずか5時間の中、ちょっぴり充実感があったかな”と。何故なら、1本目から、最後まで、少しずつ上手くなっていく(自己評価・自画自賛)自分を実感していたからです。心も身体も整え、無事に帰ることを自身に約束し、そのうえで、少しずつ小さな小さな工夫や挑戦をした結果です。体調が良いことは自信につながり、無事の誓いは心の支えになっていたことに気づきました。前日からの準備も含めて“えらいぞ、わたし”と思えたのです。そして“また行こう”と。

 

 いつもそうなんです。パラアスリートから、宝物のような言葉をもらいます。思い切って出かけたスキーの思い出をもやもやした日から、晴れ晴れとした日に変えてくれました。誘ってくださった皆さんにも改めて感謝の気持ちが湧いてきます。何より、これまでと違う新たなスポーツの楽しみを知ることができました。そして、こんな自分を褒めたいとさえ思えるのです。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。第1期スポーツ庁スポーツ審議会委員、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問を務めた。2022年10月、石川県成長戦略会議委員に就任。同11月に馳浩スペシャルアドバイザーに就いた。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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