パリパラリンピックの競泳で2大会連続の金メダルを目指す木村敬一は、ダビデ像のような壮麗な肉体美を誇る。1日5回の食事とハードな筋トレで、彫像のような肉体をつくり上げた。

 

 腕はポパイと腕相撲をしても負けないと思えるほど太いが、そこには青アザやすり傷が絶えない。泳ぐたびにコースロープと接触するためだ。「消波のため、プラスチックが尖った形状になっている。その尖った部分が痛いんです」。それがコースロープをガイド代わりに泳ぐ盲目のスイマーの宿命とはいえ、もう少し競技環境を改善することはできないものか。

 

 パラリンピックにおける視覚障がいのクラス表記は11~13まである。数字が小さいほど障がいは重く、11は全盲を意味する。アルファベットの「S」は自由形・背泳ぎ・バタフライ。「SB」が平泳ぎ、「SM」が個人メドレーだ。

 

 3年前の東京大会で、全盲(S11)の木村は念願の金メダルを胸に飾った。種目は100㍍バタフライ。パリで2大会連続金メダルを目指すには、前回からの上積みが要る。そこで昨年2月には同学年の星奈津美(ロンドン五輪&リオ五輪女子200㍍バタフライ銅メダリスト)に指導を仰ぎ、泳ぎをブラッシュアップした。「最初に指摘されたのは泳ぎの姿勢の悪さ。腹筋に力が入っていなくて、腰が反った状態で泳いでいた」。星の指摘は適切だった。

 

 このように得るものは山ほどあった。その一方で、取り入れるのが難しいものも。再び木村。「僕が、自分でつくり上げたバタフライはコースロープをガイドにしながら、いかに(右腕に)邪魔にならないところを泳ぐか、というもの。ところが健常者の方は、コースロープなど一切、気にせず泳ぐことができる。僕がそうした泳ぎを取り入れると(予期しないところで)コースロープに邪魔されてしまう。ここが大きな課題になっている」

 

 似て非なるもの、とまでは言わない。しかし、コースロープを気にする必要がない健常者のバタフライと、コースロープをガイド代わりに泳ぐ視覚障がい者のそれを同列に論じることはできない。

 

 それにしても、と思う。バリアフリーの重要性を謳うパラリンピックにおいて、プールの中にバリアが存在するという大いなる皮肉。せめて視覚障がい者にとって、最高の舞台であるパラリンピックだけでも、体にやさしいロープに張り替えることはできないものか。その方がタイムも上がるだろう。「視覚障がい者はパラの競泳に出場する選手の中の1割もいませんから…」と木村。要は手間とコストの問題か。悩ましい問題ではあるが、コースロープにも、少しばかりの多様性が欲しい。

 

<この原稿は24年4月10日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


◎バックナンバーはこちらから