自らのことを「闘う政治家」と言っておきながら、国会の代表質問前に辞任し、病院に逃げ込んだ。これが戦場なら「敵前逃亡」である。安倍晋三前首相のことだ。
 旧知の自衛隊OBの軍事評論家が手厳しい口調でこう言った。
「敵前逃亡は、軍隊なら銃殺。ましてリーダーの敵前逃亡なんて聞いたことがない。もっと芯のしっかりした人物だと思っていたが、もうがっかりだ」

 診断の結果は「機能性胃腸障害」。メンタル面の不調も原因のひとつではないかと見られている。ストレス耐性の低さを指摘する専門家もいた。
 要するに精神的にも肉体的にもひ弱だったということだ。

 さて野球の話。メジャーリーグがアメリカン・リーグとナショナル・リーグの2リーグ制になって以降、ウェード・ボッグスに次ぐ2人目の7シーズン連続200本安打を達成したイチロー(マリナーズ)――。ヒットを量産する、そのバッティング技術ばかりに注目が集まるが、33歳にして彼ほど若々しい肉体を維持している選手は、メジャーリーグでも稀有である。

 メジャーリーグに戦いの場を移して7シーズンが過ぎたが、彼が欠場したゲームは、わずかに16試合のみ(9月25日現在)。肉体面はもちろん、精神的にもタフな証拠だ。
 タイトルにはこだわりを見せないイチローが唯一、執着しているのがシーズン200本安打。1シーズン、ほぼフル出場を果たさない限り、この記録は達成できない。

 かつて、広島の古葉竹識元監督が「どんなにチームの状態が苦しい時でも、スタメンのサードには『衣笠』と書き込むことができた。監督として、どれだけ楽だったか」と語ったことがある。
 衣笠祥雄といえば、日本における連続試合出場記録(2215試合)保持者。「無事是名馬」を地で行くプレーヤーだった。
 おそらくマリナーズのジョン・マクラーレン監督も同じ心境だろう。トップバッターの記名だけは迷うことがないのだから。

 イチローはマリナーズと来季から新たに5年契約を結んだ。33歳の選手に球団が総額9000万ドル(約109億8000万円)もの巨費を投じることを決定したのは、少なくとも向こう5年間でパフォーマンスが下降線をたどることはないと判断したからである。完璧主義者のイチローが球団の期待を裏切ることはあるまい。

 イチローの動きを見ていればわかるが、打席に入る前、守備位置についた際、入念にストレッチを行っている。試合前のランニングでも決して手を抜かない。イチロー本人を企業にたとえていえば、体が「資本」で、技術が「経営」ということになるのだろうか。
 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の優勝で証明されたようにリーダーシップも抜群。彼こそは「ミスター・パーフェクト」である。

<この原稿は07年10月14日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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