誰が名付けたかBaby Faced Assassin。“童顔の暗殺者”の異名をとるボクシングWBO世界バンタム級王者のポール・バトラー(英国)が“童顔”でいられるのも、今のうちかもしれない。

 

 

 先頃、米スポーツ専門局「ESPN」電子版が12月13日、日本でバトラーとWBAスーパー&WBC&IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥が4団体王座統一をかけて日本で戦うことが決まったと報じた。

 

 この報道により、一躍バトラーに注目が集まるようになった。というのもコアなボクシングファンを除き、日本でバトラーというボクサーについて詳しく知る者はいなかったからだ。街頭インタビューを試みたら「バトラー、WHO?」という反応がほとんどだろう。

 

 バトラーはイングランド・チェスター出身の33歳。井上よりは4つ年長だ。

 

 通算戦績は34勝(15KO)2敗。井上の23勝(20KO)無敗に比べれば見劣りするが、悪くはない。2敗のうちのひとつはKO負けだ。

 

 WBO王座を獲得したのは4月22日(現地時間)。イギリス・リバプールで行われたジョナス・スルタン(フィリピン)戦を動画で観た。フットワークは軽く、パンチもシャープだ。しかも、相手をよく見ている。終始、主導権を握り続け、大差の判定勝ちを収めた。

 

 しかし、井上の敵ではない。5ラウンドも持てばいい方だろう。

 

 この6月、5階級制覇のノニト・ドネア(フィリピン)を返り討ちにした井上は、米『ザ・リング』誌が決める「パウンド・フォー・パウンド」最強に選ばれた。

 

 あらゆる階級を通じて、一番強いボクサーは誰か。これは同誌の初代編集長であるナット・フライシャーが1950年代初頭に創案した概念で、ウエルター級とミドル級でケタ外れの強さを誇ったシュガー・レイ・ロビンソン(米国)の功績を称えるためのものだったと言われている。

 

 もちろん、この栄誉に浴したのは、日本人で初。29歳にして、既に井上はレジェンドなのだ。

 

 速い、重い、鋭い。井上のブローには、ナイフの切れ味とナタの凄みが同居している。しかも種類が豊富で、それらを多彩な角度から放つことができる。追い詰める姿は、まさにモンスターだ。

 

 試合開始早々、井上のジャブをくったボクサーの顔色が変わる瞬間を何度か見た。それは“未知との遭遇”ではなかったか。おそらくバトラーも、同じ表情を浮かべるだろう。そしてリングを逃げ回り始めるだろう。この予感は確信に近い。

 

 バトラーが井上について語っている動画を見つけた。英ボクシング専門メディア『iFL TV』だ。

 

「イノウエは完璧なファイター。ここ2、30年で最高の選手のひとり」

 

 こう持ち上げ、続ける。

「いずれ自分のキャリアを振り返るとき、2度の世界タイトル獲得とイノウエ戦を語るだろう。勝っても負けても、最大のチャレンジ。引退の覚悟はできている」

 

 バトラーが勝てば大番狂わせだが、その可能性は極めて少ない。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2022年9月25日、10月2日合併号に掲載されたものです>

 


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