「金メダルを獲ったら(ゴールではなく)スタートだった。世界王者もスタートだった。引退するが、今日という日も(ゴールではなく)スタートだと思う」

 

 

 ボクシング元WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太が、さる3月28日、都内のホテルで会見し、現役引退を正式に発表した。

 

 今日がスタート――。これこそは、人としての成長を求めてやまない村田の人生観が凝縮された言葉だろう。

 

「欲を出したら今まで以上に稼げるが、それ(金銭)以上のものが、自分の中に見つけられなかった。欲への執着が芽生えたことに気付いたのが(決断の)一番の理由」

 

 昨年4月に行われたIBF世界ミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との2団体王座統一戦が最後の試合となった。

 

 9回TKOで敗れたものの、この試合はボクシングの、そしてミドル級の魅力の全てが詰まった試合だった。

 

<タオル投入直前のワンシーン。ゴロフキンの的確で重いブローを浴び続け、グロッキー気味の村田は、必死の形相で反撃に転じ、前へ、前へと出る。そこへゴロフキンの鉛のような右フック。その刹那、息も絶え絶えに放った村田のスイング気味のレフトは、刃こぼれした名刀のように虚しく空を斬った。全てが終わった瞬間だった。それでも、あの左フックの残像に勝る“名画”を私は他に知らない。>(スポニチ2023年2月23日、筆者記)

 

 世界の俊英たちが集うミドル級は、日本人にとってはヘビー級に次ぐ難関の階級である。その王座を計20度以上も防衛し、長きに渡って「パウンド・フォー・パウンド」最強の座を占めたゴロフキンと“世紀のどつき合い”を演じた村田の敢闘精神は、後世に語り継がれるだろう。

 

 話は横道に逸れるが、今回のWBCでMVPを獲得した大谷翔平(エンゼルス)がプロでも投打の“二刀流”に挑むと表明した時、それを歓迎する向きは少なかった。有力OBからは「野球をなめるな」「無謀」といった声が相次いだ。

 

 村田もまた、逆風の中での船出だった。過去、世界ミドル級のベルトを腰に巻いた日本人は竹原慎二ひとりだけ。その竹原は17歳でプロデビューを果たしている。

 

 一方の村田はと言えば、27歳でのプロデビューである。ロンドン五輪金メダリストという金看板の輝きも、「プロは甘くないよ」というOBたちの声の前には霞みがちだった。

 

 そうした風評を、村田は二つの拳で黙らせた。日本のボクシングにとっては“黄金の9年間”だった。

 

<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2023年5月5日号に掲載された原稿です>

 


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