ダンスは動きが激しく、スポーツに通じるものがある。その固有感覚や、身体のメンテナンスなど、ダンサーと話をしていても共有できるものが多い。ところが、フラダンスはどうだろう。あのスローで優雅なアクションを見ているとアクティブとは言いにくい感がある。ところが、最近は力強く斬新なフラがあり、アメリカ本土で話題を呼んでいるのだとか。そんなハラウ(ハワイ語で教室の意味)が日本にやってくると聞いて、持ち前の好奇心がむくむくと…日本公演に確認しに行った。
(写真:躍動的な男性のフラダンス (C)Derik Poquiz)
 スポーツには縁深い私も、芸術的なものにはちょっと疎い。生まれつきその筋のセンスがないせいか、絵を書くのも歌を歌うのも、音楽を奏でるのも得意ではないし、いつも遠くで眺めているほうだった。そんな私に衝撃を与えたのが、10年ほど前にハワイ島で見たフラダンス。知り合いのプロダンサーが踊ってくれたフラは、それまで年配者の余興程度にしか思っていなかったものとはまったく世界の違う、美しく、艶かしく、ちょっと悲しげで衝撃的だった。
(写真:小物の使い方も斬新だ (C)Derik Poquiz)
 それから事あるごとにフラの世界は気になっていたのだが、今回来日した「アカデミー・オブ・ハワイアン・アーツ」は既存のフラとかなり異なる。初端から激しいアクションとリズム。フラダンスというより、むしろフラ風のダンスパフォーマンスと言った方が適切なくらい。フラ見学歴の浅い私でさえも「こんなのってあり!?」と思ってしまうのだから、従来のフラをやっている人たちが違和感を覚えて当然。やはり本場であるハワイのフラ界では、彼らのフラはあまりにも革新的すぎて批判が多いのが現実。ハワイのフラ界は確かにコンサバではあるのだが、違うものに作り変えられていく不安を感じているのかもしれない。

 伝統と革新。どの世界でもあるこ2つはそのバランスが重用だ。伝統だけを重んじると、時代に取り残され、新人の成長やそのもの自体の成長を阻害するものになる。しかし、革新だけでは本来のオリジナリティーやポリシーが見えなくなってしまい、自らそのスポーツや芸術を消し去る事にもなる。これは現在のスポーツ業界においても重要な課題で、全てのスポーツがこの舵取りをしなければならない場面にきている。
 スポーツとはいえ、ルールを変えることを恐れていては時代に合わなくなって淘汰される時代。どのスポーツもユニフォームを変え、ボールを変え、競技時間を変えて生き残り策を模索する。もっとも行き過ぎてそのスポーツの本質が失われるようでは話にならないが…。
 個人的には、大切な本来のスピリットを忘れなければ、ディティールの変更は歓迎すべき事だと思っている。そもそもオリジナルでさえも、ほんの数十年前から数百年ほど前(スポーツによって差があるが)に人間が考え出したものにすぎない。それを「人間が修正してはいけない」というのは正しいとは思えない。

(写真:女性のフラも激しく動く (C)Derik Poquiz)
 さて、「アカデミー・オブ・ハワイアン・アーツ」のステージの話に戻ろう。
 クム(先生)はイプヘケ(太鼓)をいすに座って上を叩き、歌い続けている。イプヘケは通常床に座って横をたたくのだが、彼は「この方が音が断然響く」と言ってこのスタイルをとる。これも批判される原因なのだが、彼のこうした斬新な発想と行動がすべてに垣間見られる。
「カリフォルニアでは、フラよりポリネシアン・ダンスのほうがずっと人気がある。エキゾチックでビートがきいて、観ていてエキサイティング。だからフラはつまらないという人間がカリフォルニアには多い。それに頭にきて『どうだフラもこんなにエキサイティングだろう』と見せつけてやりたいね」という言葉に代表されるように、彼のスタイルは「いかに面白くするか」が大切で、既存の常識に縛られる事がない。
 こうなると、もはやフラかどうかにこだわるより、「ハワイアンアーツ」の一つとして、いや素敵な芸術の一つとして見た方がいいのかもしれない。

 伝統に追われるばかりに、本来の大衆が見たがっている、やりたがっているものを逃したり、批判されている団体も珍しくない昨今。こんな「我が道を行く」精神を貫き通す事が珍しく、注目されている所以かもしれない。

 いつのまにかステージが見えなくなっていた。
アンコールの「アロハ・オエ」で会場は総立ちになっているのだ。
 彼のパフォーマンスは、そんな周りの雑音を振り払うかのように、日本の観客に受け入れられているようである。


白戸太朗オフィシャルサイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。
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