ドイツW杯後に引退したサッカー元日本代表の中田英寿が「日本人の最高の武器はアジリティー(俊敏性)だ」と語っていた。テクニックでもスピードでもなく「アジリティー」と言ったところに妙な説得力があった。

 今季からメジャーリーグのデビルレイズでプレーしている岩村明憲のプレーを見ているとこの「アジリティー」という言葉を思い出す。開幕前、これほどまでに活躍するとは誰も思わなかったのではないか。

 4月12日(現地時間)現在、打率4割3分3厘(30打数13安打)でア・リーグの首位打者。出塁率(5割5分3厘)、盗塁数(3)もリーグトップだ。
 加えて守備でも再三にわたってファインプレーを連発し、強力とは呼べない投手陣を支えている。
 移籍金約5億円、年俸総額約9億円(3年)。デビルレイズにとっては“安い買い物”だったのではないか。

 渡米前、岩村は「足だったらイチローさんに負けませんよ」と話していた。
 ヤクルト時代は3番を打つことが多かったため、塁に出てかき回すよりもランナーを返すことに精力を注いでいた。そのため盗塁数も04年8個、05年6個、06年8個と1ケタ台が続いていたが、メジャーリーグでは自らのストロングポイントをアピールしないことにはレギュラーポジションは確保できない。さながら高性能のリッターカーのような働きぶりだ。

 岩村が賢いのはホームランを捨てヒット狙いに徹していることだ。しかも、ヒットのほとんどがセンターから左、つまり逆方向。ムービング系のアウトコースのボールは引っ張ってもボテボテの内野ゴロになるのがオチ。オープン戦で凡打の山を築いた岩村はレギュラーシーズンが始まるとこの点をきっちり修正してきた。

 まさに郷に入りては郷に従え――。まさかこのまま首位打者街道を突っ走るとは思えないが新人王の可能性は十分。松坂大輔の最大のライバルか。

<この原稿は07年5月7、14日合併号「サンデー毎日」に掲載されています>

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