不適切とまでは言わないが、言葉に温もりが感じられない。「後期高齢者医療制度」と聞けば、該当する75歳以上の高齢者は誰だって「年寄り扱いするな」「オレたちは臨終間近ということか」と腹を立てるだろう。
 世間の反応の悪さを察知した政府は慌てて「長寿医療制度」と呼称を改めたが、いかにもとって付けたようで不評を覆したとは言い難い。

 こちらとしては使い慣れているはずの言葉が思わぬ誤解を生むことはスポーツの世界でもよくあることだ。プロ野球における「ローテーションの谷間」なんて言葉はその典型だろう。

 過日、教育関係者のシンポジウムに招かれた。懇親会の席でこれまでナマで1度もプロ野球を観たことがないという女性が「×月×日の試合に誘われているんです。友人のカープファンから」と切り出した。おもむろに日程表を取り出した私は「ああ、その日、カープは“ローテーションの谷間”ですね」とつい口走ってしまった。

「ローテーションの谷間? それって何ですか?」「カープは先発を6人で回しているのですが、おそらくその日は6番目のピッチャー。エース級が出てくる可能性は少ないということですよ」。小さくうなずいた彼女は不服そうにこうつぶやいた。「じゃあ、観に行っても負けそうってことですね。やめようかな…」。「いやいや、野球は何が起こるかわかりませんから」。慌ててそうフォローしたものの、彼女の表情に笑顔は戻らなかった。余計なことを言ってしまったと悔やんだが、後の祭りである。

 考えてみれば、確かにそうだ。めったに球場に足を運ばないファンが「ローテーションの谷間」と聞けば、球場に向かう足が遠のくのは必然だ。「谷間に咲く花は美しいらしいですよ」とでも切り返しておけば、彼女の反応も違っていたかもしれない。

 これは笑える話だが、福留孝介のデビュー戦、カブスの本拠地リグレー・フィールドのスタンドに「偶然だぞ」との文字が躍っていた。「It’s gonna happen」すなわち「何かが起こる」が正解なのだが、おそらくカブスファンは自動翻訳ソフトにそのままかけてしまったのだろう。間違いといえば間違いだが、カブスファンの人間味あふれる温もりを感じたのは私だけではあるまい。

<この原稿は08年4月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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