第1159回 平和の祭典で試されるフランスの価値観

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 パリ五輪前の一世一代の大博打は完全に裏目に出た。フランスの欧州議会選挙での極右政党・国民連合(RN)の躍進を受け、機先を制するかたちでマクロン大統領が国民議会(下院)の解散・総選挙に踏み切ったのが6月9日(現地時間)。30日に第1回投票が行われ、その結果、RNが得票率でトップに立ち、マクロン率いる与党連合は窮地に追い込まれた。7日に行われる決選投票ではRNが単独過半数を取るかどうかが焦点となる。

 

 RNの前身は、RN前党首マリーヌ・ルペンの父ジャン・マリー・ルペンが創設した国民戦線(FN)。ホロコーストを「歴史の細部」と語るなど、過激な発言でたびたび物議をかもしたジャン・マリーが、サッカーファンにもその名を知られるようになったのは96年のユーロ前に発したこの一言だ。「両親が国歌も満足に歌えないチームが本当に代表チームと言えるのかね」。すぐさま反論したのがアルジェリア移民を両親に持つジダン。「この党はフランスの価値観に合わない」

 

 フランスの価値観とは何か。フランス国旗に描かれた青(リベルテ・自由)、白(エガリテ・平等)、赤(フラテルニテ・博愛)。その精神に合致しない、とジダンは言いたかったのだろう。

 

 98年W杯で初戴冠を果たしたレ・ブルーはデシャン(現代表監督)とリザラズがバスク人、デサイー=ガーナ系、カランブー=ニューカレドニア系、テュラム=グアドループ系、トレゼゲ=アルゼンチン系、ジョルカエフ=カラムイク系&アルメニア系といった具合に、多民族軍団の様相を呈していた。この民族的多様性こそが強さの源泉でもあったのだ。

 

「過激なグループが権力の扉をノックしている」。フランス代表主将のエムバペがユーロの会見でそう述べたのは、与党が惨敗を喫した第1回投票の2週間前である。「過激なグループ」とは、言うまでもなくRNのことだ。「自分たちの価値観に合わない国を代表したくはない」。エムバペの父はカメルーン出身、母はアルジェリア系フランス人だ。移民の子であっても、フランスで生まれれば国籍を得られる「出生地主義」を廃止するというRNの公約は、エムバペにとっては受け入れ難いものだった。

 

 アスリートの発言は、時に世の中を動かすほどの力を持つ。しかし、少なくとも今回の投票結果を見る限り、彼の発言が有権者に届いたとは言い難い。

 

 識者に話を聞くと、概ねこういうことのようだ。ジダンの発言に支持が集まった96年当時に比べ、今は貧富の差が拡大し、雇用に不安を持つ若年層には内向き志向が強まっている。その不満が人口の1割を占める移民系住民に向けられる。エムバペが何か言ったところで「成り上がりのカネ持ちの戯言」くらいにしか聞こえないのだろう、と……。

 

 かくして分断と混乱の中で迎えるパリ五輪。100年ぶりの「平和の祭典」をどう仕切るのか。フランスが試されている。

 

<この原稿は24年7月3日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>

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