主催球団にとっては消化試合のはずのゲームが、この日一番の歓声に包まれた。
 9月16日の横浜対東京ヤクルト。7回表1死2塁の場面でマウンドに上がったのが球界最年長投手の工藤公康だ。

 この前日、球団は工藤の来季の戦力外を発表した。コーチ就任の打診もあったが、46歳の左腕は現役続行を選択した。
 戦力外になったとはいえ、今なお工藤は貴重な戦力だ。那須野巧、高宮和也といった若いサウスポーが、バッとしない中、その穴をベテランが埋めた。
「今まで3年間応援してきたファンにも、投げる姿を見せないといけないし、少しでも恩返ししたい」
 16日の登板でもきっちり後続を断ち、相手に追加点を与えなかった。その後の3度の登板でも、いずれも無失点で投げ終えている。
 今季は41試合に登板し、2勝2敗、防御率6.35(24日現在)。さすがに全盛期のボールは影を潜めたが、プロ28年間で熟成された投球術は、ビンテージもののワインのような趣がある。

 私は工藤のことを「投げる知的資産」と呼んでいる。その知識と経験に基づいたアドバイスで、才能を開花させた選手も少なくない。
 近年では巨人のリリーフエースを務める山口鉄也がそうだ。工藤が巨人に在籍していた2006年、育成選手として入団した山口の素質を見抜いた。
 WBC日本代表にも選ばれた山口のサクセスストーリーを語る上で工藤を抜きにすることはできない。
 かつて工藤はこう語った。
「山口の課題はコントロールだけだった。“どうしたらいいですか”と聞きに来たので、一緒に股関節を強化するトレーニングをしました。コントロールを良くするには、下半身の力をしっかり上半身に伝えて、指先の一点に集約させる必要がある。だから下半身と上半身をつなぐ股関節を安定させることが大切なんです」
 そして続けた。
「大事なパズルのピースをはめてやれば、普通にビューンといいボールが投げられるが投げられる。そういうピッチャーはいっぱいいますよ」
 横浜でも、その理論や言動に影響を受けた投手は少なくない。若手への切り替えが必要なチームだからこそ、工藤は貴重な「知的資産」と呼べる存在だった。

 47歳を迎える来季、工藤はどこのユニホームを着ているのか。
「今は国内しか考えていない」と話しているが、彼はかねてよりメジャーリーグ挑戦の夢を口にしている。
「マイナーリーグは10時間以上バス移動なのでムリですね。あれは若い時じゃないと。でも、その時の気持ちによっては、ひょっとしたらチャレンジするかもしれない」
 一部で限界を指摘する声もあるが、「もう辞めちゃおうかなとか、ムリだろうとは考えません。自分の中で限界をつくらなければ、果たしてどこまでできるのか」と前を向く。
 メジャーでプレーするハマのおじさんの姿を見たいと思っているのは、きっと私だけではないだろう。

<この原稿は2009年10月11日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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