第282回 挑戦者を粉砕した モンスターの拳

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「自分の理想の終わり方ではない」

 

 

 試合内容は完勝だったにもかかわらず、試合後のモンスターに笑顔はなかった。

 

 9月3日、東京・有明アリーナで行なわれた世界スーパーバンタム級4団体統一戦。王者の井上尚弥は元IBF世界同級王者で挑戦者のTJ・ドヘニー(アイルランド)を7回TKOで下し、2度目の4団体王座防衛に成功した。

 

 立ち上がりは慎重だった。5月6日のルイス・ネリ戦で1回に左フックをくい、ボクシング人生初のダウンを喫した。それを教訓にして、冷静に試合を進めた。

 

「6、7回からプレスを強めていこう」

 

 当初描いたファイトプランどおり、6回にボディにパンチを集中させ、7回にはコーナーに詰めて、上下に連打を叩き込んだ。

 

 さあ、これからという時にドヘニーは腰を押さえて後ずさりし、試合続行不可能に。開始わずか16秒でレフェリーが試合をストップした。

 

 結論から言えば、モンスターの強打に挑戦者の腰が悲鳴を上げたということだ。

 

 ドヘニーは代理人を通じて、「明日できるなら、(残りの)6ラウンドをやってみたい」というコメントを出したが、それは強がりにしか聞こえなかった。

 

 ドヘニーが腰を痛めたもうひとつの原因――それは無理な減量と、その反動からくる増量にあったのではないか。

 

 前日計量を、井上より0.2キロ軽い55.1キロでクリアしたドヘニー。本番では11キロ増量し、66.1キロでリングに上がった。この時点で、実質的にはウェルター級の体重である。

 

 世界戦を承認するJBCが、国際基準に従い、それまでの当日計量を前日計量に改めたのは1995年からだ。

 

 当日計量の場合、ボクサーは無理な減量により、体力が消耗したままリングに上がるケースが少なくなく、事故につながりやすいと指摘されてきた。

 

 ボクサーの安全性を確保する上で、当日計量よりも前日計量の方が優れているのは疑う余地がない。

 

 しかし、中にはパワーの面で優位に立とうと、前日の計量後、ステーキなどを数人前、胃袋に詰め込むものがいる。一晩で11キロも増えれば、その負担に耐えられず、体が変調をきたすのは当たり前だ。

 

 JBCは翌日の再計量で、増限基準を8%以内にとどめるよう勧告を出しているが、違反したとしても罰則規定はない。

 

 ボクシングは何のために階級制を採用しているのか。その根本が問われている。

 

<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2024年10月11日号に掲載された原稿です>

 

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