第305回 井上尚弥完封勝利 衰え知らずの32歳

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 傷ひとつない顔での勝利者インタビュー。マイクを手にした井上尚弥は、観客に向かってこう声を張り上げた。

 

「アウトボクシングもいけるでしょう? 誰が衰えたって? 誰が衰えたって?」

 

 耳に手を当てるパフォーマンスで1万6000人の観客を魅了した。

 

 いやはや千両役者である。

 

 9月14日、名古屋IGアリーナ。世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上は、WBA世界同級暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)に判定勝ちを収め、統一王座5度目の防衛に成功するとともに、世界タイとなる世界戦26連勝を飾った。

 

 KO率90%という強打を誇る井上にしては珍しく、試合前から「今回は判定決着でもいいんじゃないかと思っている」と慎重な言い回しに終始した。

 

 それは陣営がアフマダリエフを「キャリアで最強の選手」(大橋秀行会長)と警戒していたことに加え、前戦の反省があったからだろう。

 

 

 5月4日(現地時間)、米国ラスベガスでのラモン・カルデナス(米国)戦で、井上はまさかのダウンを喫した。2ラウンド、左フックが空を斬ったところへ、お返しの左フックを合わせられた。パンチの軌道を把握する前に起きたアクシデントだった。

 

 だが、この想定外のダウンが、本来、負けん気の強い井上の闘争心に薪をくべた。

 

 3ラウンド以降はワンサイド。最後はカルデナスをコーナーに詰めて滅多打ちし、8ラウンドTKOで勝利した。

 

 ボクシングの試合で逆転KOほど面白いものはない。だが同時にこれは大きなリスクをはらむ。もしカルデナスが強打の持ち主なら、試合はどうなっていたかわからない。運動量は最後まで落ちなかった。

 

 この試合が、ある意味、いいクスリになったのだろう。前半からポイントを積み重ねた井上は、アフマダリエフの「来い! 来い!」という挑発のジェスチャーにも乗らず、「12ラウンドをフルに戦う」という事前のファイトプラン通りに冷静に試合を進めた。

 

 その結果が3対0の判定勝ちである。アフマダリエフは、16年のリオデジャネイロ五輪(バンタム級)で銅メダルを胸に飾っただけあって、テクニックに秀でたハイスペックなボクサーだった。並のボクサーなら、腹をおさえて、マウスピースを吐き出したであろう井上のボディーブローにも音を上げなかった。

 

 そんなタフガイでも、モンスターの前では、なすすべもなかった。32歳になった今も、井上に衰えの兆しは、微塵も感じられない。

 

<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2025年10月17日号に掲載された原稿です>

 

 

 

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