第1193回 デフリンピックで目指すフルーツポンチ型社会
この10月、第3代スポーツ庁長官に就任した河合純一氏は、1992年のバルセロナ大会を皮切りにパラリンピックに6大会連続で出場し、競泳の視覚障がい者クラスで金5つを含む計21個のメダルを胸に飾った伝説のスイマーである。
河合氏を初めて取材したのは、今から25年ほど前だ。会うなり河合氏は言った。「二宮さんのような健常者は、僕たち障がい者にとっては後輩のような存在なんです」。この独特の言い回しの意味がわからず、返答に窮していると、こう続けた。「歳をとれば、誰だって視力が衰え、耳も遠くなる。足腰も弱くなって、車いすのお世話になる人も出てくる。つまり私たち障がい者は健常者の未来の姿なのです」
健常者と障がい者は区分けするものではなく、地続きでつながっているものだと河合氏は言いたかったのだろう。ストンと腑に落ちた。
日本で初となる聴覚に障がいがあるアスリートの祭典「デフリンピック」東京大会(11月15日~26日)開幕まで、あと2週間あまりとなった。
パラリンピックに比べると認知度の低いデフリンピックだが、歴史はパラよりも古い。第1回夏季大会は1924年にパリで開かれている。それから1世紀を経た東京大会には、70~80カ国から約3000人の選手が参加する見通し。
パラリンピックにあってデフリンピックにないもの、それはクラス分けである。試合における公平性は、全ての選手が補聴器や人工内耳を外すことで担保される。
無料で行なわれる東京大会の見所のひとつとして、応援の可視化をあげたい。それは「サインエール」と呼ばれるもので、昨年11月、駒沢オリンピック公園にて行なわれたデフ陸上の日本選手権で試験的に実施したところ、選手たちから好評を博した。
これは手話言語をベースに考案されたもので、たとえば両手を開き、顔の横でひらひらさせ、前に押せば「行け!」。ひとりや二人ならともかく、スタンドの波状的な応援風景は、サッカーにおけるチャントを想起させる。
河合氏は、一口に「共生社会」と言っても、それには「ミックスジュース型」と「フルーツポンチ型」があり、みかんはみかん、りんごはりんごとして個性をすり潰すことなく、互いの違いを認め合って共存する後者こそが望ましい、とかつて私に語った。すなわち我々が目指すべきは、フルーツポンチ型の社会なのだと。
デフリンピックにはデフリンピックにしかない個性と魅力がある。サインエールを駆使しての応援風景は、五輪にもパラリンピックにもない、デフリンピック独自のものだ。しかも日本のオリジナル。いずれ世界の「共通言語」になることを願っている。
<この原稿は25年10月29日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>
