第310回 初黒星! 天心に「接近戦」の壁
1970年代、“日本人キラー”として名を馳せたボクサーがいる。タイのセンサク・ムアンスリンだ。ムエタイでキャリアを重ね、74年11月、24歳で国際式に転じた。
国際式転向2戦目で強打者で知られるライオン古山に7ラウンドTKO勝ち、3戦目にはぺリコ・フェルナンデス(スペイン)を8ラウンドKOで下し、WBC世界スーパーライト級王者となった。アマの国際大会に出場経験があるとはいえ、プロ3戦目での世界王座奪取は、ボクシング史上最短記録。これは今に至るも破られていない。
76年1月、センサクは初防衛戦で古山に判定勝ち。5カ月後に王座から陥落するも、再び同王座に返り咲き、2度目の防衛戦にガッツ石松を迎える。ライト級に次ぐ2階級制覇を狙った石松だが、6ラウンドに2度のダウンを奪われ、センサクの軍門に下った。
階級が異なるとはいえ、サウスポーで半身に構えるスタイルはセンサクとよく似ている。国際式デビュー8戦目での世界王座奪取を狙った“神童”那須川天心のことだ。
言うまでもなく天心は元キックボクサーで、キック・総合格闘技での戦績は47戦無敗。ボクシングに転向してからも7連勝と無敗街道を突っ走り、さる11月24日、トヨタアリーナ東京で井上拓真とWBC世界バンタム級王座決定戦を行なった。
出だしは上々。1ラウンド、左のオーバーハンドを突き刺し、2ラウンドには左アッパーからの右フックで拓真を退かせた。
ところが3ラウンドを機に流れが変わる。中間距離での戦いは不利と判断した拓真は、距離を詰めて接近戦を挑み、着実にポイントを重ねていった。
判定は3対0で拓真。試合後、天心は「自分の練習しているものが出せない間合いだった」と言って唇を嚙んだ。「経験の差が出た」とも。
初めての黒星を、次につなげるためには、天心が言う「間合い」、すなわち接近戦の克服がカギとなる。「やり返す」時間は、十分残されている。
<この原稿は『週刊大衆』2025年12月22日号に掲載された原稿です>