第1202回 メダル金1つのトリノの危機意識 20年経て結実
IOCの規定によると、金メダルの中身は「純金」ではなく「純銀」で、表面は金張り(またはメッキ)が施されていなければならない。ミラノ・コルティナ五輪の金メダルの重量は「純銀」部分が500グラム、「純金」部分が6グラム。すなわち金メダルの約99%を「純銀」が占めている計算になる。
だからといって金メダルの価値が銀メダルと同等というわけではない。五輪憲章には、五輪は<個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない>とうたわれている。にもかかわらず、五輪期間中、メディアは国・地域別メダル獲得数を熱心に報じる。国民の関心が高いからでもある。
大会第11日までの日本のメダル獲得数は金4、銀5、銅9の計18個。冬季五輪としては過去最多だった22年北京大会に並んだ。目下、ノルウェーの28個、イタリアの23個、米国の19個に次いで4位。だが順位表を見ると10位。メダル総数では日本の後塵を拝しながらも、金と銀の数で日本を上回る国々が日本の上位に名を連ねている。すなわち五輪は未だに「金本位制」なのである。
イタリアでの日本勢のメダルラッシュを見ていると、まさに隔世の感がある。ちょうど20年前のトリノ大会、日本勢は荒川静香の金メダルひとつに終わった。
「こんなことで日本のスポーツは大丈夫なのか。まさに“トリノショック”だったね」。振り返って、そう語るのは日本スポーツ協会会長の遠藤利明だ。
危機意識に駆られた遠藤は06年12月、文科副大臣として私的諮問機関「スポーツ振興に関する懇談会」を立ち上げ、07年8月に提言書「『スポーツ立国』ニッポン-国家戦略としてのトップスポーツ-」を取りまとめる。これが世に言う「遠藤レポート」だ。
そこで示された内容はスポーツ庁の新設、スポーツ関連予算の充実、スポーツ振興法の改正など、日本のスポーツ界を抜本的に改革する“骨太の方針”とでも呼ぶべきもので、国家戦略としてのスポーツのあり方にまで言及した。
再び遠藤。「当時の日本は、企業スポーツの撤退が相次ぎ、行政は口を出すけど、金は出さないという姿勢。役所も学校体育のことしか頭になかった。そんな中、スポーツをどう定義するか。そこで着目したのが東京オリパラの招致活動。(スポーツ政策推進の根拠法として)スポーツ基本法づくりにも取りかかった。61年制定のスポーツ振興法では、プロスポーツの支援そのものが禁止されていた。こんなことで日本のスポーツが強くなるわけがない。盛んにもならない。新法の制定で予算も立てやすくなり、国際競技力の向上にも資することができた」
執筆時点での18個のメダル内訳は、フィギュアスケートが4個、スピードスケートとフリースタイルスキーが2個、ジャンプが4個、スノーボードが6個。メダル総数に目が向きがちだが、バランスの良さも、日本の強みである。
<この原稿は26年2月18日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>
