第1205回 ピッチクロック導入可否から考える日本発の「世界基準」

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 異例のロングランとなっている評判の映画『国宝』は約3時間(175分)の長尺である。しかし、少しも長いとは感じなかった。エンディングでKing Gnuの井口理の透き通った声が流れてきて、もう、そんなに時間がたったのか、と驚いたくらいである。

 

 

 プロ野球もそうだ。同じ3時間でも長いと感じる試合もあれば、逆の場合もある。大事なのはゲームの中身であって、単に短ければいいというものではない。その意味で、「野球は間のスポーツ」とは言い得て妙だ。

 

 だが、それを免罪符にして、弛緩したゲームが少なくないのも、また事実である。「間」と「間延び」は似て非なる。そこはきちんと仕分けすべきだろう。

 

 これは生前、青田昇さんから聞いた話。5位に終わった79年のオフ、長嶋巨人のヘッドコーチに就任した青田さんは、監督の長嶋茂雄さんに「優勝するには年に何試合か捨てゲームをつくる必要がある」と進言した。黙って聞いていた長嶋さん、「青さん、後楽園には一生に一回しか来られないお客さんもいるんですよ」と返したという。「これは僕の方が浅はかやったな」と答えた青田さん(80年1月に辞任)も、なかなかの器量の御仁だった。

 

 時間とは、単に時計の針の動きではない。そのゲームは、生きているのか、死んでいるのか。生体反応に乏しいゲームをお客さんに見せるのは失礼だとの思いが、長嶋さんにはあったのだろう。

 

 NPBは来季にも「ピッチクロック」を導入するのではないか、との記事が昨日付けの本紙一面に載っていた。MLBが2023年に導入したこのルールは、時間短縮に大きな効果を発揮した。

 

 WBCなど国際大会でもこのルールは導入され、日本だけがガラパゴス島に取り残されたままでは、世界と伍して戦うことはできない。そうした危機感も背景にはあるのだろう。社会人野球は23年に導入している。

 

 個人的には早期導入に賛成だ。メリットとデメリットをはかりにかければ、前者に傾く。ただ、MLBの後追いと受け取られないためにも、ファンへの説明は丁寧に行った方がいい。というのも、たとえばコリジョンルール。当初、日本では反対の声が強かったが、2年遅れで導入した。ベースの拡大もしかりだ。ロボット審判の導入の是非も避けては通れないだろう。

 

 日本人は与えられたルールの中で戦うのは得意だが、ルールをつくったり変えたりするのは不得手である。小学生の頃から「校則を守るのがいい子」的な教育を受けて育ち、おとなになって国際競争の荒波に放り出され、さあルールをつくれ、変えろと言われても尻込みするのがオチだ。「まぁうまくいくかどうかを見届けてから……」。これでは先行者利益はとれない。野球における日本発の「世界基準」とは何か。皆で知恵を巡らしたい。

 

<この原稿は26年4月1日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>

 

 

 

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