巨人の阿部慎之助が日本シリーズMVPに輝いた内海哲也を評して「(バッテリー間で)無言の会話ができる」と語っていた。今は亡き作家の佐瀬稔が「無言の会話」という言葉を好んで使っていた。いい言葉だ。
 不意に26年前の日本シリーズを思い出した。8戦までもつれ込んだシリーズは後にも先にも、これだけだ。西武のエースは東尾修、広島の主砲は山本浩二。18・44メートルをはさんで、2人のベテランは思う存分「無言の会話」を楽しんだ。
 初戦、広島市民球場。先発の東尾は8回まで広島打線を完璧に封じ込んでいた。2対0。だが9回に入って精密機械に狂いが生じる。1死から小早川毅彦に初球をライトスタンドに運ばれた。出会い頭の一発だった。

 ここで東尾は打席に山本を迎える。初球、甘いスライダーがど真ん中に入った。これを山本は平然と見送った。実は打席に入る前から外のスライダー1本に狙いを定めていた。「あの日、市民球場はセンターから風が吹いていた。向かい風の日は逆にライトポール際の打球が伸びるんよ。1球で仕留めようと思ったら、外角のスライダーを狙うしかなかったんや」

 2球目、内角シュート。山本は腰を大げさに引いてみせた。外にスライダーを投げさせるための布石である。東尾にすれば狭い球場ゆえ失投は許されない。「あの日はスライダーの調子が良かった。どのタイミングで内野ゴロを打たそうか。それを念頭においての配球だったわけです」

 3球目、外角いっぱいのスライダー。待ってましたとばかりに山本は踏み込んだ。打球は逆風を切り裂きライトポール際に飛び込んだ。起死回生の同点弾。全ては山本の計算どおりだった。「集中力、決断力、勇気。あの3球はワシの野球人生の集大成やった」。この年限りで“ミスター赤ヘル”はユニホームを脱いだ。

 一方、打たれた東尾はどうだったか。「あのボールはこっちのミスじゃない。あれをやられたらしょうがないね。浩二さんとの読み合いは楽しかったよ」

 3連覇を目指すWBC日本代表監督に就任した山本は真っ先に東尾に声を掛けた。「投手の面倒を見てくれんか」。東尾に断る理由はなかった。「お互い地方球団の出身。昔から気が合った」。この先、2人の間で、どんな「無言の会話」が交わされるのか……。

<この原稿は12年11月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから