やるか。やられるか――。これがadidasが込めたメッセージだ。
 ブラジルで開催中のFIFAワールドカップは連日、熱戦が繰り広げられている。4年に1度の大舞台で勝負をかける選手たちにとって、パフォーマンスを支えるスパイクは“戦友”だ。adidasではワールドカップに出場する契約選手へ、最新鋭にして“最終兵器”とも呼べるスパイクを開発した。それが「バトルコレクション」である。

(写真:白と黒のデザインでadidasが今回のワールドカップで掲げる「all in or nothing」を体現する。製品写真提供:adidas)
 白と黒のグラフィックに、鮮やかなゴールドの3本線。斬新な配色に、試合中継を見ていて選手の足元に目が留まった人も多いのではないだろうか。これが今回、adidasが発表したバトルコレクションだ。デザインはブラジルの先住民が戦いに挑む際、顔に施した化粧から着想を得ており、文字通り「白か黒か」を決する大会にふさわしいものになっている。もちろん、adidasの象徴であるスリーストライプも入り、これはFIFAワールドカップトロフィーのゴールドと、大舞台へ挑む選手たちの情熱を表すオレンジをミックスさせた「ソーラーゴールド」で染め抜かれている。

「最近の市場のスパイクは選手の好みに合わせてカラフルなものも出ていますが、今回はすべて“白か黒か”という同じコンセプトで仕上げています。“勝つか負けるか”の大勝負に挑む選手たちの気持ちを見た目でも表現したいと思ったんです」と山口智久(adidas Japan Footballビジネスユニット カテゴリーマーケティングマネージャー)はデザインに込めた思いを力説する。このスパイクを履いてピッチに立てるのはワールドカップに出場する選手のみ。原則として着用は大会期間中に限定されている。実際にバトルコレクションを目にした選手たちは「今までに見たことがない野性的なデザイン。スパイクに気持ちを込めようとの思いが強くなった」と声を揃えており、adidasの願いは十二分に伝わったようだ。

 ボールを支配する高性能スパイク

 adidasのスパイクはプレーヤーのタイプを大きく4つに分類し、それぞれのプレースタイルに合わせたモデルを提供してきた。今回のバトルコレクションも、これを踏襲した4つのモデルがある。まず、ボールを数多く扱い、テクニックを追求する選手向けにつくられたのが「predador instinct(プレデターインスティンクト)」だ。表面には厚みや形状が異なるラバー素材を配置し、ボールのコントロール性をより高めている。たとえばシュートや強いキックを放つ甲の部分には「ドライブラバー」と呼ばれる厚みのあるギザギザの素材が取りつけられている。これにより、反発力が増し、ボールにさらなるスピードと飛距離を与えることが可能になった。

「今回は新しいテクノロジーとしてアウトソールの前足部分にも、やわらかい樹脂コーティングを施しました。ボールに吸いついてくるような感覚が得られるはずです」
 山口がそう話す自信作は、足裏のスタッド部分を触ってみると、これまでのスパイクとの大きな違いに気付く。細かい突起があり、ザラザラした感触なのだ(写真左)。「これでボールグリップ力が高まり、足裏でのコントロールがしやすいと思います」
 predador instinctを手に山口は目を輝かせた。

 もうひとつ、今回の新しい技術はインサイドに施されている。クッション性と反発性の高いジェルパッドが搭載されているのだ。ミートする際、ボールをしっかり受け止め、はね返す。選手たちのインサイドキックの確実性を最大限に高めてくれるツールだ。

 今回のワールドカップでpredador instinctを着用するのはMFメスト・エジル(ドイツ)、MFシャビ(スペイン)、MFオスカル(ブラジル)ら。日本代表では、FW清武弘嗣、GK権田修一が使用する。清武に関しては今まで別のモデルを使用していたが、初出場のワールドカップへ、キックの精度やボールコントロールをさらに向上させるべく、predador instinctに乗り換えた。

「清武選手の場合、彼の武器のひとつである運動量の豊富さを生かすモデルを着用していたのですが、もう一歩高いレベルへ到達して、ワールドカップで個性を発揮したいとの要望がありました。そこでプレースキックやスルーパスという特徴を発揮しやすいpredador instinctをオススメしたんです」と山口は変更のいきさつを明かす。ただ、練習でいくら履き慣れていても、試合でフィーリングが合うかどうかは別問題だ。実際、新スパイクで初めて臨んだテストマッチのキプロス戦で躍動する清武のパフォーマンスを見て、担当者がホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

 メッシ限定モデルも登場

 日本代表のキーマン、FW香川真司の足を飾るのは、「adizero(アディゼロ) f50」である。predador instinctが機能性に重きを措くのに対し、adizero f50は“軽さ”をとことん追求したスパイクだ。重量は片足150グラム(FGモデル、27.0センチ)。ドリブルで敵陣を切り裂くスピードスターにはもってこいのアイテムだ。香川の他に日本のFW齋藤学、FWルイス・スアレス(ウルグアイ)、FWアリエン・ロッベン(オランダ)、FWダビド・ビシャ(スペイン)らが着用する。

「もちろん、スパイクはただ軽ければいいというものでありません。軽さに加えて、足を保護する上での安定性や耐久性も兼ね備えています」
 山口が語るように、アッパーやアウトソールは薄くて軽いながらも、しっかりとしたつくりになっており、足にピッタリと合う。香川は「履いていないかのような圧倒的な軽さと素足感覚のフィット感のバランスが絶妙」とadizero f50を評した。ぜひ、この大きな味方による“快足プレー”で世界を驚かすことを期待したい。

 今回、このadizero f50には、ある世界的ストライカーの限定モデルがある。「adizero f50 lm」。lmとはリオネル・メッシのイニシャルだ。過去4度のバロンドールを獲得した世界最高峰のプレーヤーのみが装着できる、まさにメッシによるメッシのためのスパイクなのだ。
(写真右:ヒールにはメッシのエンブレム、インナーには背番号と同じ数字の「10」が入っている)

 まず、デザインから他のモデルとは一線を画す。メインの白黒のグラフィックに加え、アルゼンチンのカラーであるブルーがあしらわれている。さらに「シンプルでフィッティング重視の構造を」との本人のこだわりで、一枚皮の「ハイブリッドシンセティックレザー」を採用。縫い目がないアッパーでメッシの足を包み込む。

 縦横無尽に暴れまくるハードワーカー向けのモデルは「nitrocharge(ナイトロチャージ)」だ。このスパイク最大の特徴は前足部に斜めにつけられたラバーバンド「エナジースリング」(写真左)である。
「ラバーバンドにしたことで足がさまざまな動きをするのをガッチリと受け止めてくれるだけでなく、その伸縮性がエネルギーを、まさに“チャージ”してくれます。負荷がかかってラバーが縮むと反発して、次の動きをする際の力になる。本来は失われるはずのエネルギーがパフォーマンスに生かされるんです」
 
 特に運動量の多い中盤やサイドバックの選手には最適の一足だと山口はみている。実際、nitrochargeを履くのは日本代表ではDF酒井高徳、DFダニエウ・アウベス(ブラジル)、DFハビ・マルティネス(スペイン)など。前回大会のMVP&得点王、FWディエゴ・フォルラン(ウルグアイ)も着用する。

 選手の“足元”を見逃すな!

 そして、残るもうひとつのモデルが「pathiqe(パティーク) 11core」。こちらは攻守ともに器用にこなすパランサー向けのスパイクだ。フィット感と安定性を重視し、どんな動きにも対応できるようアッパーの素材は非常にやわらかい。従来、このモデルには天然のカンガルーレザーを用いてきたが、今回は人工皮革を採用した。

 理由として高温多湿なプラジルの環境があげられる。天然のレザーでは、どうしても水分を含むと重くなったり、変形が生じやすい。「どんな環境であっても、大会期間中、選手の足に快適になじみ、高いレベルのフィッティングを維持できるように今回は人工皮革を使うことになりました」と山口は説明する。もちろん、風合いは天然と変わりなく、人工だと言わなければ気付かないレベルだ(写真右)。pathiqe 11coreで大会に臨むのは日本代表ではDF内田篤人とDF今野泰幸。海外ではDFフィリップ・ラーム(ドイツ)、MFフランク・ランパード(イングランド)らが履く。

 adidasはワールドカップの公式パートナーとして、試合球も供給する。今大会で使用するのは「brazuca(ブラズーカ)」。これまでのボールと比較して最少となる6枚の同一パネルで構成され、バランスや飛行安定性が向上した。当然、ボールが変われば、それに応じたスパイクが求められる。ボールの開発段階から、新球を前提にしたスパイクを製作できるのがadidasのアドバンテージだ。

「何年も前から、ボールとスパイクそれぞれの試作品を選手たちに使ってもらって意見を聞き、反映させる作業を繰り返し行っています。その点は他のメーカーにはない強みだと自負していますね」と山口は胸を張る。開発に要した年数は2年以上。国内外問わず、100名を超える選手がテストを重ね、現段階でベストと言えるスパイクが誕生した。
(写真:ソーラーゴールドの3本線も、モデルによって向きが異なるなど細部までこだわっている)

「W杯に出場する契約選手には同じモデルでポイントの個数や高さを調整し、ベーシックなものと、滑りやすいピッチコンディション用のものと2種類のスパイクをお渡ししています。ほぼ同じスパイクを履き続ける選手と、試合によって履き分けたい選手がいるので、大会に向けて多い場合には1選手に6〜7足ほどを納品していますね」
 大会中も日本代表の契約選手にはひとりひとりそれぞれに担当者がつき、要望や意見を聞いて開発部門ともコミュニケーションをとる。選手と、山口ら開発陣や現場の各担当者が“パス”をやりとりした結果、最高のパフォーマンスという“ゴール”が生まれるのだ。

 ワールドカップは4年に1度やってくる。選手同様、高みを目指すチャレンジは、もちろん大会が終わっても続いていく。adidasでは既にワールドカップ後に発表する新作スパイクも出来上がっており、次なる戦いへ選手とともに踏み出すのを待っている状態だ。

「試合が始まると、まず選手の足元を見てしまいますね。今回のバトルコレクションはUEFAチャンピオンズリーグ決勝から選手たちが着用を開始したのですが、両チーム合わせて、ほぼ半数の選手の足元が白と黒に染まっており、“よしっ!”とうれしい気持ちになりました(笑)」

 そう言って笑顔をみせる山口たち開発担当者にとって、ワールドカップはしばしの至福の時である。試行錯誤を繰り返し、情熱を注ぎ込んだスパイクから放たれたボールがゴールに吸い込まれ、世界中のサッカーファンを熱狂させる。プレーに加え、スパイクにも目を凝らしてみれば、これからのワールドカップ観戦がもっと楽しくなる。

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