この1月、競技者表彰プレーヤー部門で野球殿堂入りを果たした古田敦也(元東京ヤクルト)は、球界の恩人として野村克也や若松勉とともに、現全日本野球協会副会長の鈴木義信の名前をあげた。
 広く知られているように「メガネをかけた捕手は使えない」という理由でプロから門前払いされ、社会人に進んだ古田を日本代表合宿に呼んだのが、ソウル五輪代表監督だった鈴木である。外野手への転向を願い出た古田に「オマエの肩とリードを買って選んだ。メガネをかけて成功した第一号(の捕手)になれ」と励まし、プロへの道筋をつけた。

 その鈴木は現在、2020年東京五輪に向け、野球・ソフトボール復活の陣頭指揮を執る。古田起用のケースでもわかるように、固定観念にとらわれず、前例踏襲を良しとしない鈴木から、意表を突くセリフが飛び出した。
「2020年には左投げの捕手が現れないかな、と思っているんです」

 左投げの捕手ですか、と思わず聞き返してしまった。長い間、野球を見ているが、左投げの捕手なんて寡聞にして知らない。調べてみると、00年夏の甲子園に出場した那覇高の長嶺勇也という捕手が左投げで話題になった。

 そもそも、なぜ左投げの捕手なのか。
「要するに左の捕手がいないのは、右打者が打席に立った場合、スローイングの邪魔になるからという理由でしょう。でも実際問題、今は右打者よりも、左の方が多くオーダーに名を連ねているチームもある。私はセンバツ高校野球の選考委員もやらせてもらっていましたが、レギュラーに7人の左打者を揃えたチームもありました。だったら左の捕手の方が有利なんじゃないかと……」

 鈴木の提案は目からウロコだった。確かに左打者が多くなった今、スローイングの困難さをあげて左投げ捕手を拒む理由はない。ならば、もっと増えてもよさそうなものだが……。

 そこで古田に訊いた。「将来的にはおもしろいし、肩が強ければ(左でも)十分務まります」と前置きして、ひとつ懸念材料をあげた。
「スローイングの動作に入ると、半身の構えになる。右投げなら一塁走者のリードやスタートを確認できますが、左投げだと見にくい。どうしても右肩が先に出てしまいますから。難点をあげるとすれば、それくらいでしょうか」

 投打の二刀流が現れたのだから、左投げの捕手がプロの世界に登場しても不思議ではない。

<この原稿は15年2月18日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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