3球も体近くに投げられれば、誰だって怒る。米国なら乱闘に発展していたかもしれない。
 4月25日、マツダスタジアムでの広島―阪神戦。2回裏に“事件”は起きた。


 1対1の同点の場面。1死一塁で打席に立った9番・黒田博樹の仕事は、当然のことながら送りバントだ。

 マウンドには黒田より19歳下の藤浪晋太郎。送りバントを阻止するために内角を突くのは常套手段。それ自体は責められない。
 しかし、3球も続けた上に、キャッチャーさえ捕れないようなボールを投げられて黙っているわけにはいかない。

 黒田はバット片手にマウンド上の藤浪に詰め寄り、何事か叫んだ。♪チャララーン、チャララーン。映画「仁義なき戦い」のテーマ曲が似合いそうな場面だった。
「自分がヘラヘラしていたらチームの士気に影響する。自分の体は自分で守らないと」
 試合後、3勝目をあげた黒田は怒りを押し殺すように言った。

 黒田の闘争心が乗り移ったのか、その後、珍しく打線が爆発し、今季初の2ケタ得点(11点)を記録した。

 近年、めっきり減ったもののひとつにプロ野球の乱闘がある。褒められたものじゃないが、あれは真剣勝負の証でもある。

 メジャーリーグでは乱闘に参加しなかった者には罰金を科す球団もある、と聞く。目には目を、歯には歯を、というわけだ。
 主力がぶつけられたら、相手の主力にぶつけ返す。ある意味、ベースボールというスポーツは暴力の“抑止力”によって成り立っているともいえる。

 日本で乱闘が減った原因のひとつとして、黒田の高校(上宮)時代の先輩で、カープではバッテリーを組んだこともある野球解説者の西山秀二が、こんなことを言っていた。
「今の選手は日本代表でチームメイトだったりするから仲がいい。僕らの現役時代は、ぶつけられるのを覚悟で内角に厳しいボールを何球も続けて要求したものですよ」

 20億円ともいわれるメジャー球団の提示年俸を蹴って古巣へ8年ぶりに復帰した黒田の売りは「おとこ気」である。黒田関連のグッズは飛ぶように売れているという。

 復帰に際し、黒田は言った。
「日本で、カープで野球をするほうが、一球の重みを感じられる」
「復帰1戦目で肩が飛んでしまう可能性もある。それでも後悔はしない」
 泣かせるセリフである。逆に言えば、今季にかける黒田の思いは、それだけ強いということだ。

 鬼のような形相で黒田に詰め寄られた藤浪は、マウンド上で帽子を取り、ペコリと頭を下げた。

 日本では後輩ピッチャーが先輩バッターにぶつけた場合、帽子をとって謝るという“暗黙の了解”がある。藤浪がぶつけてもいないのに謝ったのは、黒田の気迫に圧倒されたからか。40歳の怒りは、一向に波に乗れないチームに向けられた「喝」でもあった。

<この原稿は『サンデー毎日』2015年5月24日号に掲載されたものです>


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