サンフレッチェ広島のFW佐藤寿人が7月29日、ヴィッセル神戸戦で2ゴールをマークし、今シーズン10点目を挙げた。これで2004年から前人未到の12年連続2ケタ得点を達成。J1通算得点を155に伸ばし、中山雅史の持つ最多記録まであと2と迫った。フィジカル面でもテクニック面でも決してズバ抜けたものを持っていないストライカーが、なぜゴールを量産できるのか――。2年前の原稿で探ってみよう。
<この原稿は2013年4月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 それはJリーグのシーズン開幕を飾るにふさわしいビューティフルゴールだった。
 2月23日、東京・国立競技場。昨季J1王者のサンフレッチェ広島と、天皇杯覇者の柏レイソルとの間で行われた「富士ゼロックス・スーパーカップ」は広島が1対0で柏を下し、5年ぶり2度目の優勝を決めた。

 試合を決めたのはFW佐藤寿人だった。昨季のMVP&得点王は味方が頭でつないだボールに体を投げ出し、ひねりながら左足で合わせた。
 アクロバティックなボレーシュートはポストをはじき、そのままゴールネットに吸い込まれていった。

「いろんなゴールを決めてきたけど、心に残るゴールのひとつだと思う」
 試合後、会心の表情で佐藤は決勝ゴールを振り返った。

 身長170センチと体格に恵まれているわけではない。驚くほどのスピードやテクニックがあるわけでもない。
 にもかかわらず、彼はこれまでJ1のリーグ戦で117(昨季終了時点)ものゴールを積み上げてきた。今、日本で最もゴールへの予感を漂わせるストライカーといっても過言ではあるまい。

 年々、狭まる包囲網をものともせず、ゴールネットを揺らし続けられる理由は何か?
「最初の仕事は(相手にとって)危険なところを探すこと。ここに入って来られたら嫌だろうなぁ……という場所を、あらかじめ探しておくんです。そこから先は相手との駆け引き。僕が動くこともあれば、相手を動かすこともある。
 要するにシュートを打つ段階では、もう勝負を決めておきたいんです。あとは僕が決めるか決めないかの問題。決められない場合は僕の責任。仮にうまくいかなかったとしても、修正すれば次はゴールにつなげることができる。僕はずっと、そういう思いで戦ってきました」

 小学1年でサッカーを始めた。ジェフユナイテッド千葉でプレーする佐藤勇人は二卵性双生児の実兄。「双子なので、ボールひとつあればサッカーができる環境でした」。11歳の時にJリーグがスタートした。
 目標は当然、Jリーガー。ジェフ市原(現千葉)のジュニアユースでキャリアをスタートさせたが、将来を嘱望されていたわけではなかった。
「コーチに“足が速くないからドリブルするな”といわれたほど。それが悔しくて自分でマーカーを買ってきて、家の前でずっとステップワークのトレーニングをやっていました」

 勇人とともにトップチームに昇格したが出場機会に恵まれず、02年、セレッソ大阪に期限付き移籍した。19歳の冬だった。
 ここで佐藤は、その後の自らのプレースタイルに大きな影響を与える先輩に出会う。眞中靖夫だ。限られた時間で結果を出すには何が必要か。それを佐藤はベテランFWから学んだ。
「当時、眞中さんはスーパーサブ的な存在でした。他の選手がウォーミングアップのためのアップをしている感じなのに、ひとり眞中さんは試合をイメージしながらアップをしているんです。
 限られた時間で結果を出そうとするならフィジカルを上げてからピッチに入らなければならない。陸上競技場のタータンの上では難しいことですが、そんな中でも眞中さんは心肺機能をあげてからピッチに入る。いかにピッチに入る前の準備が大切か。それを眞中さんから教わりました」

 目の前が真っ暗になったのは移籍直後の1月だ。オフ明けの練習で全く体に力が入らない。病院に行っても最初は原因不明。精密検査を受けたところ「ギランバレー症候群の初期症状ではないか」と診断されたのだ。
 ちなみにギランバレー症候群とは筋肉を動かす運動神経が冒され、四肢に力が入らなくなる病気で、日本では難病に指定されている。年間の発症率は10万人のうち1人か2人と言われている。
「食事をしていても茶碗が重い。指に力が入らないんです。当然、足にも力が入らないわけですから、ボールも蹴れない。このままサッカーができなくなるんじゃないかと思うと不安で不安で……。しばらくは、いつか発症するのではという恐怖感でいっぱいでした」

 幸い、大事にはいたらなかったが、この経験は佐藤のサッカーへの取り組みを一変させた。
「僕たちは体が資本。それからというもの、健康にものすごく気を使い始めました。もろみ酢とか、体にいいと思われるものは積極的に摂取するようになりましたね」

 広島をクラブ創設初の年間王者に導いた森保一は、ベガルタ仙台時代の先輩にあたる。
「ちょうど僕がレギュラーを始めて獲った時のキャプテンが森保さん。若手に対してもベテランに対しても積極的にコミュニケーションを取る方でした」
 その森保は佐藤をどう見ているのか。
「向上心が旺盛でプレーに対して貪欲ですね。サッカーのこと、相手のことをよく研究しています」

 ストライカーは1日にして成らず――。佐藤はどこへ行くにも「iPad mini」を肌身離さず持ち歩く。
「サポーターがゴール裏から撮ってくれている映像があるんですが、時間があればチェックしています。時々、ゴールを決めた時の自分のイメージと違っていることがある。その部分も映像を見ながら確認できる。本当にこれは役立っていますよ」
 MVPになっても研究や対策を怠らないのは、「このくらいで満足したくない」からである。

 座右の銘は「己に克つ」――。
「自分よりうまい選手、体の大きな選手はたくさんいる。その中で結果を出し続けるためには、常に自分を客観視する必要がある。もっとサッカーを知り、チームメイトといい関係を築くことが僕の生命線。これは、この先もずっと変わらないと思います」

 過去のゴール映像は、ほとんど保存してある。今季、「iPad」のゴール集には、どんなコレクションが加わるのだろう。
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