コンフェデレーションズカップを開催中のブラジルでは、全国各地での抗議デモが拡大している。インフレが進むなど政治不信が国内に充満するなかで地下鉄、バスなどの公共料金の値上げが決め手となったようだ。来年6月に開催されるワールドカップを「税金の無駄遣い」として反対する声も大きくなっている。

 コンフェデが開幕した6月15日、筆者はブラジル―日本戦の舞台となった首都ブラジリアにいた。試合前日こそ会場近くで黒い煙が立ち込めて危険を感じたが、当日のデモは「税金をW杯ではなく、医療に、教育に」などと主張をプラカードに書きこんだうえでの“平和的な行進”だった。「世界のメディアのみなさん、ブラジルの現状を知ってください」と国際社会に訴える狙いもあったようだった。

 しかし、デモは全国に拡大するとともに、どんどんと過激になってしまっている。
中には破壊活動をいとわないものもあり、警官隊とも衝突。ゴイアス州ではデモ行進の列に車が突っ込んで死者が出るなど、良くない方向に拡大している。国内のニュースも、連日のようにデモを扱っていた。

 騒動の拡大を実際、肌で感じたのは日本―メキシコ戦(22日)の舞台となったベロオリゾンテに滞在したとき。ここはミナス・ジェイラス州の州都であり、鉄鋼業で栄えたベロオリゾンテは多くの人でにぎわう大きな都市だ。筆者は20日に到着し、街の中心部のホテルにチェックインして夜の食事を取ろうと外出しようとするとホテルのスタッフから「これからデモがある。出ないほうがいい」と止められた。

 ロビーから遠まきにこのデモを眺めたのだが、警察隊が監視する中で多くの人々が中心街のストリートを練り歩いていた。若者が目立ち、何だかお祭り感覚のようにアルコールを口にして叫び声を上げながら歩く人もいれば、プラカードを掲げて真剣に訴えている人もいて、さまざまだった。ブラジリアの光景と違ったのは、「平和的」な雰囲気がちょっと薄れていたこと。ガラスが割れる音も、何度か聞いた。何かを壊しているのか、それともビール瓶を投げつけているのかまでは分からなかったが……。

 さらにホテルの近くにあった24時間営業のスーパーも慌ててシャッターを閉めるなど、ホテルのスタッフが言う通り、確かに外出できるような雰囲気ではなかった。後で知ったのだが、20日のデモはブラジル全土で100万人の規模になったという。これを受けてジルマ・ルセフ大統領は国民に向けてテレビ演説を行ない、W杯への投資などに対して理解を求めた。

 しかし、残念ながら沈静化はしなかった。
 メキシコ戦当日。現地の報道によれば、ベロオリゾンテのに6万人規模のデモが発生し、試合開始の午後5時ごろにはスタジアム近くで爆発物を投げつける一部のデモ隊と警官隊が衝突した。これによってデモ隊、警官隊の双方で10人以上のケガ人が出たという。

 大会を取材するメディアは専用バスが用意されているのだが、この日はデモの影響であちこちに規制がかかっているのか、遠回りに遠回りを重ねてようやくスタジアムに到着。試合が終わってからも同様で、普通なら20分ぐらいで行ける道程が50分近くかかった。デモ隊と警官隊の衝突は後になってから知ったわけだが、試合が行われていたスタジアム近くでこんなことが起こっているとは思わなかった。正直、ショックだった。

 試合の前日会見ではアルベルト・ザッケローニ監督にブラジル国内の騒動に関する質問も飛んだ。指揮官は「(ブラジル政府には)問題に対処していただき、均衡をうまく取り戻してほしい。ブラジルの状況が良くなることを心から願っている」と大会に参加し、携わっている人々の気持ちを代弁するように語った。一時は、大会が中止になるのでは、というウワサも駆けめぐった。

 デモによって大会自体に影を落としてしまったのは事実だ。だが、こういった現状を目にしながらも、筆者は初めて訪れたブラジルが好きになった。

 以前のコラムでも書いたが、人々はフレンドリーだし、町も美しい。ブラジリアもレシフェも、そしてベロオリゾンテもそれぞれ街の特色があった。

 そしてサッカーという文化。新聞をめくっても、テレビをつけてもサッカーが目立つ。イタリア戦の翌日、レシフェからベロオリゾンテに移動した際には、何人かに「日本は惜しかった。いいチームだ」と声をかけられた。いかにもサッカー好きという雰囲気のおじいさんに。サッカーが好きな人でこの国は溢れている。わずかな滞在期間だったが、そんな気がしてならなかった。

 いいプレーには拍手が送られ、声援が飛ぶ。勝ち負けも大事だが、サッカーそのものを楽しもうとするスタジアムの雰囲気も最高だった。

 筆者は日本の決勝トーナメント進出が決まらなかったため、メキシコ戦を終えて帰国の途に着いた。しかし正直、後ろ髪をひかれる思いがした。

 帰りの長いフライトでは、ブラジルでの食事を思い出した。やっぱり肉料理をバーベキュー風に食べる本場のシュハスコは格別だった。それに合わせるセルベージャ(ビール)もいいが、意外にもブラジルワインもおいしかった。またそれを1年後の楽しみとしよう。

 今後、デモが鎮静化し、政府と国民の間に信頼関係が戻ることを願うばかりである。そうなれば来年、サッカー王国ブラジルが一体となって、最高に盛り上がるW杯となるに違いない。
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