「暑いところで悪いけど、2時からじゃないと中には入れないよ」
『カッキーエイド』の当日、誰よりも早く会場に到着していた僕に後楽園ホールの関係者は申し訳なさそうな顔で、こう話しかけてきた。
「スミマセン、来るのが早過ぎました」
会場のシャッターが開く前に来てしまった僕が悪いのである。特に何かやることがあったわけではないが、自分のための応援大会なので、感謝の意味を込めて一番乗りをしたかったのだ。
しばらくして、関係者が集まり始めたが、その中に先輩の山崎一夫さんの姿を発見した。
「まさか、こんな早い時間にお越しになるとは……」
山崎さんからこの大会への強い思いが伝わってきた。
選手の一番乗りは、これまた先輩の中野巽耀選手であった。
「元気そうで安心した。今日は、まかせとけ」
多くを語らない中野さんの言葉は頼れる兄貴といった感じであった。その風貌だけでなく、Uスピリッツも以前と全く変わらないところがカッコイイ。たとえ不器用でも信念を曲げない生き様は、男として憧れる。
その後、いろいろな関係者に声をかけられ、立ち話や挨拶を繰り返す僕を見かねた山崎さんから「体調を崩したら大変だから、控え室に入って、ゆっくりしていなさい」と促された。まるで母親のような優しい目線で僕のことを見守ってくれている山崎さんには、いつも感謝している。
ゲスト用の控え室には、モニターがついていて試合を見ることができるのだが、僕はバルコニーから立って生観戦することにした。選手たちの試合への熱き思いを知るには、直に見るに限る。
「只今より試合を開始いたします」
Uインター時代のリングアナである吉水孝宏さんの美声が会場に響き渡った。
第1試合にUインター時代の後輩である松井大二郎選手が出場しているのを見て、ふと世田谷道場の風景が目に浮かんできた。真夏の暑い日も一切妥協することなく、死に物狂いで練習したことを思い出す。
彼はどんな苦しい練習をしても決して心が折れることはなかった。長い間、一緒に練習した後輩なので、その忍耐力を誰よりも僕が知っている。後にあのヴァンダレイ・シウバ選手と判定まで戦ったことは仲間として大きな誇りだ。
その打たれ強い不屈のスピリッツは、42歳を迎えても全く変わっていなかった。今こそ彼からその強いハートを学ぶべきかもしれない。
「がんぐらいでオタオタするんじゃない!」
前田日明さんのこの言葉が、今大会一番のインパクトだった。厳しい言い方に聞こえた方もいたかと思うが、これこそが僕が一番欲しかったフレーズだったのである。
僕は幼い頃、酒を飲んで暴れる父親が憎くて仕方なかった。離婚した父は、別の家庭を持っていたが、僕がレスラーになった頃から接触を図ってくるようになった。
新日本時代には、父に頼まれたとおぼしき人物から何度も事務所へ連絡が来るようになり、他のスタッフに迷惑をかけられないと仕方なく再会を果たした。しかし、大きな溝は深まっていき、僕の心にある深い闇は消えることはなかった。
昨年末、がんの告知を受けた僕が、なぜか最初に連絡をしたのは父だった。自分なりの親孝行のつもりだったのかもしれない。
しかし、僕の期待するような対応はそこにはなかった。現実逃避しているように見受けられる父に心底落胆した。そんな僕に目の覚めるような熱い言葉を投げかけてくれたのは、UWFの父である前田さんだった。
「若いからガンの進行は早いと周りから脅かされていると思うが、逆に治るのも早いということだぞ」
厳しさだけではなく、愛のある優しい言葉も決して忘れない。僕の悪性リンパ腫に有効な治療法も、いくつか調べてくれていた。
「糖質と炭水化物を断った状態での高濃度のビタミンCの投与がリンパ腫には効果的なんや。俺の親もがんになった時にそれをやって良くなった」
前田さんの言葉ひとつひとつに説得力があり、僕はぐいぐい引き込まれていった。
「食事療法もいい!」
なんと僕がこれまで続けてきたゲルソン療法が、前田さん推奨であることを知り、ホッとした。民間療法は否定されることも多く不安になるが、太鼓判を押されると安心する。
考えてみると前田さんとお会いするのは、UWF解散以来だから25年ぶりだった。しかし、その長い年月を一瞬にして埋めたのは、同じ「リアルワンのレスラー」の血が流れているからだと思う。
長年求めていた父親像にこんな形で出会えるとは予想もしていなかった。生きているとやっぱり良いことがある。立っていられないほど感激した僕は、前田さんに抱擁されると、ついに涙を堪えることはできなくなり、号泣してしまった。
大会の最後にリングに上がって挨拶をした僕は、多くのファンや関係者にがんを克服することを誓った。自分のことを応援してくれているすべての方に笑顔になってもらうため、僕は自分に課したテーマを実践すべく、これからの日々を全力で頑張っていくつもりだ。
それにしてもあの大声援とUWFのメインテーマは、今も頭から離れない。ファンの皆さまの温かさを体の芯まで感じたこの日を僕は生涯忘れないだろう。オタオタしないで、『カッキーエイド』を復活へのスタートの記念日にしていく。
(このコーナーは第4金曜日に更新します)
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