「垣原さん、今回はチケット厳しいですよ~」

 後輩の金原弘光選手のボヤきは、いつものことだ。選手として試合に出るだけでなく、大会のプロモートまでするのだから、その負担は大きく、愚痴が出るのもわかる。

 前回(2011年11月)の「U-SPIRITS」は、僕も“1日限定復帰”という形で選手として協力したのだが、この時も連日、電話で数々のボヤきを聞かされた。初めてのプロデュース興行でもあり、テンパってしまうのは仕方のないことだった。

 しかし、2回目となる今回も前回と同じ言葉を吐いている。それどころか考えてみると彼の愚痴を聞くのはUインターの頃から一向に変わっていないのだ。業界では、金原選手のそのボヤきは有名で、『ボヤキング』と呼ばれている。それが売りで雑誌の連載を持っていたほどだ。

 まだ若いのに野村克也監督よろしくボヤきが口をついて出るのには理由がある。実力がありながら、もう一歩のところに手が届かないからだ。おそらく、これが彼に不満を抱かせる原因のひとつだろう。

 これまで、数々の強豪と戦い、壮絶なる試合をしてきた。リングスに移籍した頃には、12連勝したことだってある。

 自他ともに認める実力者なのだが、世間から注目されたPRIDEのヴァンダレイ・シウバ戦やミルコ・クロコップ戦など、ここ大一番の時に存在を印象づけることができなかったのもまた事実である。チャンスをもらってはいるものの、それを生かしきれず、大輪の花を咲かせないもどかしさが、きっと本人にはあるのだろう。

 後輩である桜庭和志選手と実力的に遜色はないのだが、そのキャリアには大きな開きがある。グレイシーハンターと呼ばれ、一世を風靡した桜庭選手と一体何が違うのか、本人でなくとも悩んでしまう。

 その答えを探る最後のチャンスは、金原弘光ラストマッチ興行である『U-SPIRITS again』の舞台しか残されていない。僕は、3月9日に開催されたこの興行に駆けつけ、彼のセコンドに付いた。

 対戦するのは、パンクラスの近藤有己選手だ。近藤選手は、早い時期にベルトを巻くなど、金原選手も羨むエリート格闘人生を歩んできた。だが、このところ彼も総合の舞台で思うような結果を出していない。

「僕はリングスで12連勝していた頃、近藤選手は先輩などを次々と破ってパンクラスのチャンピオンに上り詰めた頃に戻り、激しくやりあいましょう」
 試合前のインタビューで、金原選手は対戦相手にこう呼びかけた。

 両者は、一度、パンクラスのリングでグローブ着用の総合ルールで戦っているが、この時は金原選手が判定で敗れている。それだけに今回はリベンジを果たし、有終の美を飾りたいところだ。

 引退試合という感傷的なものは一切消え、まるで対抗戦のようなムードが張り詰めていた。というのも両者のセコンド陣の様相が、さながら団体対抗戦のようだったからだ。

 近藤選手のセコンドには、鈴木みのる選手や高橋義生選手、冨宅飛駈選手など元パンクラスの面々が付き、金原選手側には、高山善廣選手や山本喧一選手をはじめとする元Uインター勢、それにハンス・ナイマン選手や高坂剛選手、成瀬昌由選手など元リングスのメンバーまでもが集った。格闘界の猛者がここまで集結するのは珍しい。

 セコンドのひとりであるUインター時代の後輩・山本選手は、金原選手について、こんな話をしてくれた。
「実は、いつか殺すリストに一番はじめに書いたのが金原さんの名前でした(笑)。そんな自分が、日を追うごとに尊敬心が強くなったほどファイターとして魅力ある選手なんです」

 この言葉は決して嘘ではない。この日の試合途中、金原選手が鼻血を出した時のことだ。タオルがないとみるや自ら着ているシャツをすぐさま脱ぎ、それで血を拭ってあげていた。

 この迅速な行動を見ると彼の言葉が、決してお世辞ではないのがよくわかる。金原選手をリスペクトしている象徴的なシーンであった。

 しかし、数多くの後輩がセコンドに付いたものの、先輩にあたるのは元Uインターからは僕と佐野巧真選手だけというのが少々気になった。もしかしたら、これこそが彼の不遇の原因ではなかったのだろうか?

 実は、僕も正直、今回のセコンドに付こうか迷ったほどの不義理を彼から受けた。後輩だとそれも我慢できるのかもしれないが、先輩の立場ではそうはいかない。

 このことに彼が気付くのは、おそらくこの業界を離れてからなのかもしれない。僕自身も不器用に生きてきただけに、よくわかるのである。上の人間に媚びる必要はないが、もっと上手にやっていく術を身に付けた方が賢く生きられるだろう。

 そして、もうひとつ気になることがある。
「これは、総合でのラストマッチであり、プロレスの試合はまだ続けます」
 このあいまいな発言には、選手もファンも少々困惑している。

 実は、5年ほど前にも引退宣言を撤回した過去がある。辞めるのか続けるのか曖昧で中途半端なところも、彼の評価を打ち消している要因なのかもしれない。本当にもったいないとつくづく思う。

 厳しい言葉で彼を送り出すことになったが、ラストマッチ自体は魂が揺さぶられる素晴らしい試合であった。白星はあげられなかったものの、試合後、リング上では、選手みんなで胴上げをし、ハッピーエンドで幕が閉じた。

 久しぶりに胸の熱くなる最高の興行をみた。とりあえず、金原選手には「お疲れ様」と言っておこう。

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