「こんな試合でもレフェリーは厳格に裁いていたよね」
息子は僕の言葉に相づちを打った。こんな試合とは、息子のちびミヤマ仮面デビュー戦のことである。

5年前、5歳児で試合を行なったのだが、対戦相手もさることながら、この試合を裁くレフェリーもさぞ大変だったに違いない。保育園のお遊戯ではなく、お金を取ってみせるプロの興行なのだから尚更だ。

この試合のレフェリーをしたのは、故・柴田勝久氏である。新日本プロレスの旗揚げから選手として参加し、その後は長きに渡ってレフェリーを務めたお方だ。

定評のあった厳格なレフェリングは、例え5歳児の試合でも妥協することはなかった。どんな試合でも一切手を抜かない真面目な性格だったことは、このことでもよくわかる。

その遺伝子を息子である柴田勝頼選手も受け継いだのは間違いない。父の背中を見て育った柴田選手は、高校を卒業するやいなや新日本プロレスの門を叩いた。二世として優遇されることなく、しっかりと下積み生活を送り、プロデビューを果たした。

順調に成長した柴田選手は、新日本のエース候補として新・闘魂三銃士と呼ばれる存在にまでのぼり詰めた。他の2人は現在のエースである棚橋弘至選手と中邑真輔選手である。今から8年も前の話だ。

将来を有望視されていたにも関わらず、彼はその後、早々と新日本から総合格闘技へと戦いの場を移した。なぜ、新日本を去る必要があったのか?

その謎を紐解く鍵は生い立ちにあった。彼の父は、前述したように新日本の旗揚げから携わり、アントニオ猪木さんとずっと行動を共にしてきた。猪木さんの『ストロングスタイル』を刷り込まれた一人なのである。

当然ながら、柴田選手も幼少の頃からストロングスタイルの英才教育を受けて育っている。つまり、彼はストロングスタイルの申し子なのである。そんな彼は、新日本のリングにストロングスタイルの灯が消えていることに失望し、総合のリングにそれを求めて動いたのではないか。

その昔、猪木さんは、新日本プロレスを広く世間に認知してもらうべく、異種格闘技戦などさまざまな試みで話題を振り撒いた。当時のボクシング世界チャンピオンであるモハメド・アリ選手を新日本のリングへ上げたのもそのためだ。

「プロレスこそ最強である」
これを世間に証明するための戦いこそが、ストロングスタイルである――僕はそう理解している。ストロングスタイルの流れを汲んでいたのは、新日本よりむしろU.W.F.だったのかもしれない。

猪木さんはそれを危惧したのか、数年前の総合ブームの際、新日本のリングに何人もの総合系の選手を上げた。しかし、あの頃を暗黒の時代だったと揶揄する新日本ファンも少なくない。

「オレは、このリングでプロレスがやりたいんですよ」
2002年、札幌大会のリングで蝶野正洋選手が、オーナーであるアントニオ猪木さんをリングに引っ張り出し、こう訴えかけたことがあった。猪木さんの考えるプロレスの方向性に不満を抱いた選手たちが動いたのが、この『札幌の乱』なのである。

つまり、総合格闘技を意識しない純然たるプロレスを構築すべきというのが現場の声であったのだ。猪木さんが新日本から離れた後、棚橋選手をエースとして理想のプロレスに向かって選手たちは足並みを揃えた。

また、それをファンも支持してきたのである。観客動員が少しずつ増えているのが、その何よりの証拠であろう。

そんな中、ストロングスタイルを標榜する柴田勝頼選手が新日本に戻ってきたのだから、選手たちは穏やかではない。彼は、決して総合のリングで輝かしい実績を残したわけではなかった。石井慧選手や秋山成勲選手、桜庭和志選手など名のある選手に胸を借りては玉砕した。

だが、その勇気と根性は素晴らしいではないか! これはある種の武者修行だったと思えなくもない。これまでの経験を、新日本のマットでいよいよ活かす時が来たのである。

10月8日、新日本プロレス両国大会で、柴田勝頼選手の新日本カムバック2戦目が行なわれた。ちなみに初戦は神戸で行なわれ、桜庭選手とのコンビで3分ちょっとで勝ちを収めた。

2戦目の対戦相手は、暴走キングコングと呼ばれるエース格の真壁刀義選手と、柴田選手の同期である井上亘選手だ。僕はこの試合を会場で観戦したのだが、外敵のはずの柴田選手を、観客はおおむね支持している感じであった。

やはり、新日本のファンはこの男を待っていたのだ。試合も柴田・桜庭組が勝利し、歓声に応えた。

かつて僕も新日本ジュニア時代に彼とは何度か試合をしている。一度、試合中にケンカ腰になったシーンもあったが、むしろ活きの良い若手が出てきたことに好感が持てた。

彼には、是非とも凄みのあるストロングスタイルを身に付け、新日本の絶対的エースに君臨してもらいたい。それを天国にいる父・勝久氏も望んでいるに違いない。

(毎月10、25日に更新します)
◎バックナンバーはこちらから